吾妻鏡入門第一巻

治承四年(1180)四月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　かのとう　にゅうどう げんざんみ よりまさのきょう　　へいしょうこくぜんもんきよもり　　う　　　ほろ　　　べ　　　　よし
治承四年(1180)四月小九日辛卯。入道源三位頼政卿�@、平相國禪門清盛�Aを討ち滅ぼす可きの由、

ひごろ　ようい　　　ことあ　　　　しかれども　し　けいりゃく　もつ　　　　　　　　　　はなは　すくい　　　と　　がた　　　　よつ　　　　きょう　よ　　　い
日者用意の事有り。然而私の計畧を以てしては、太だ宿意を遂げ難きに依て、今日夜に入り、

しそく　いずのかみなかつなら　あいぐ　　　　　ひそか　　いちいんだいにのみやもちひとおうのさんじょうたかくらごしょに　まい
子息伊豆守仲綱�B等を相具し、潜に、一院第二宮以仁王�C之三條高倉御所�D于參る。

さきのうひょうえのすけよりとも　いげ　げんじ　ら　　もよお　　　か　　　うじぞく　　　う　　　　てんか　　　しつ　せし　　たま　　べ　　　のよし　　これ　　もう　　おこな
前右兵衛佐頼朝以下の源氏等を催し、彼の氏族を討ち、天下を執し令め給ふ可し之由、之を申し行う。

よつ　　　　さんにむねのぶ　おお　　　　りょうじ　　くださる　　　　しかし　　むつのじゅうろうよしもりていいためよし　　まっしおりふし　ざいきょうのかん
仍て、散位宗信に仰せて令旨を下被る。而て、陸奥十郎義盛�E廷尉爲義の末子折節、在京之間、

かく　　りょうじ　　　お　　　　　とうごく　　むか　　　　ま　　さきのうひょうえのすけ　あいふれ　ののち　　そ　　ほか　　げんじら　　　つた　　べ　　　のおもむき
此の令旨を帯び、東國に向い、先ず前右兵衛佐に相觸る之後、其の外の源氏等に傳う可き之趣を

おお　ふく　　らる　ところなり　よしもり　はちじょういん　くろうど　ぶ　　　　　　　　〔みょうじ　ゆきいえ　　あらた　　〕
仰せ含め被る所也。義盛八條院�Fの蔵人に補さる。〔名字を行家�Gに改める〕

参考�@頼政は、頼朝から父、義朝→為義→義親→義家→頼義→頼信まで、遡って頼信の兄で酒天童子征伐の頼光の子孫です。伊豆守をしていた関係で、頼朝は伊豆へ配流になったのかも知れない。
参考�A清盛は、自分の意に反する４８人の官職を解き、後白河を鳥羽殿に幽閉している。
参考�B仲綱は、頼政の嫡子ですが、名馬を持っていて、それを清盛の息子宗盛が欲しがって騒ぐんです。暫くして仕方なく譲ると、それに宗盛が「仲綱」と名付けて呼びすてにしてるんですね。ですから、当然恨みはあると思いますし、平家討伐の意思を固めたと言えなくもないでしょう。
参考�C以仁王は、後白河天皇の子でありながら、兄は二条天皇に弟は高倉天皇になったにも関わらず、平家の縁に繋がらなかったので、親王宣下すら受けていない。しかし、平家の横暴に憤り、平家討伐の令旨を発する。
参考�D三條高倉御所は、現在の中京郵便局の場所。
参考�E陸奥十郎義盛は、通称は新宮十郎。熊野神社は本宮が平家方で、新宮が源氏方。
参考�F八条院は、鳥羽天皇の娘で名は�ﾜ子(後白河の腹違いの妹)。母は美福門院、保元元年鳥羽上皇の遺領の大部分を伝領し、又母の遺領も伝領し、その所領(荘園)は二百四十箇所に及び、経済的にも政治的にも大きな勢力を有した。以仁王を猶子とし、挙兵を支援した。又下河辺行平は八条院領下河辺庄の庄司なので、八条院が平家追討の中核であったと思われる。
参考�G行家が八条院蔵人になったと言うことは、二百四十箇所に及ぶ八条院領の庄司に寝泊まりが出来、食料の世話にもなれ、場合によっては兵糧も調達できる。

現代語治承四年(1180)四月小九日辛卯。出家して入道の源三位頼政卿は、平相国禅門平清盛を打ち滅ぼすため、普段から考えていることがありました。しかし、大義名分なしで私的に動いては成功しそうもないので、今日夜になってから息子の仲綱達を連れて、以仁王のもとに行って、頼朝等の源氏を味方に付け、平家を打って政権をとりましょうと申し上げました。
そこで、以仁王は、宗信に云って親王等が発布する令旨を発行させました。
そして、陸奥十郎義盛検非違使の尉の廷尉源為義の末っ子が丁度京都に来ているので、この令旨を持って関東に行って、まず前右兵衛佐(頼朝様)に知らせた上で、他の源氏へも伝えるよう、言い含められました。義盛は後白河法皇の妹八条院の職員の蔵人に任命されました。義盛は名前を行家と変えました。

参考源平盛衰記では、この反乱を後白河黒幕説をとっている。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　みずのえさる　たかくらのみや　りょうじ　　きょう　さきのぶえいしょうぐん　いずのくに　　ほうじょうやかた　に　とうちゃく
治承四年(1180)四月小廿七日壬申。高倉宮の令旨�@、今日前武衛�A將軍の伊豆國の北條�B舘于到着す。

はちじょういん　くろうどゆきいえも　きた　　ところなり
八條院の藏人行家持ち來る所也。

ぶえい　すいかん　しょうぞく　　ま　　おとこやま　ようはい　たてまつ　ののち　つつし　　　これ　　ひえつせし　　たま
武衛水干�Cを裝束し、先ず男山�Dを遙拜し奉る之後、謹みて之を披閲令め給ふ。

じちゅうは　　かい　しなの　　りょうげんじら　　　あいふ　　　　ため　すなは　か　　くに　　　げこう　　　　ぶえい　　さきのうえもんのかみのぶより　えんざ　　ため
侍中�E者甲斐信濃の兩源氏等に相觸れん爲、則ち彼の國へ下向す。武衛は前右衛門督信頼�Fの縁座の爲、

さんぬ　えいりゃくがんねんさんがつじういちにち　とうごく　はい　　ののち　　なげ　て　にじうねん　しゅんじゅう　おく　　　うれ　　て　しじうはちよ　せいそう　　つ　　　なり
去る永暦元年三月十一日、當國に配さる之後、歎き而二十年の春秋を送り、愁へ而四八餘の星霜を積む也。

しか　　　　　　ころねんのかん　へいしょうこくぜんこう　ほしいまま　てんか　かんりょうし　きんしん　けいばつ　　あまりさ　せんとうを　とば　の　りきゅう　　うつ　たてまつ
而して、頃年之間、平相國禪閤は恣に天下を管領し、近臣を刑罸し、剩へ仙洞於鳥羽之離宮に遷し奉る。

じょうこう　　おいか　　しきり　えいりょ　　なや　　　たま　　　　こ　　　ときにあた　　　　りょうじとうらい　　　　　よつ　　ぎへい　　　あ　　　　　　　　ほつ
上皇の御憤り頻に叡慮を惱まし御う。此の時于當り、令旨到來す。仍て義兵を擧げんと欲す。

じきこれてんよ　　 と　　　とき　　 いた　おこな　　 いわ　　か
寔惟天與を取る時に至り行ふと謂ん歟。

ここ　　かずさのすけなおつねあそん　ごだい　まご　　ほうじょうのしろうときまさぬしは　とうごく　　ごうけつなり　　ぶえい　　　もつ　　むこぎみ　　な
爰に上総介直方�G朝臣の五代の孫、北條四郎時政�H主者、當國の豪傑�I也。武衛を以て婿君と爲し、

もっぱ　　むに　　ちうせつ　あらは　　　これ　　よつ　　　さいぜん　　か　　　ぬし　　まね　　　りょう じ　ひら　　せし　　たま  
專ら無二の忠節を顯す。茲に因て、最前に彼の主を招き、令旨�Jを披か令め給ふ。

　　くだ 　　　　　　とうかい　　とうさん　　ほくろく　　さんどうしょこく　　げんじなら　　　　ぐんぴょうら　ところ
　下す　　東海、東山、北陸、三道諸國の源氏并びに群兵等の所へ

　　こた　　　　はや　　きよもりほっしなら　　　じゅうるいほんぎゃく　やから　ついとう　こと  
　應えて早く清盛法師并びに從類叛逆の輩を追討の事。

　　みぎ　　さきのいずのかみしょうごいげみなもとあそんなかつなせん
　右、前伊豆守正五位下源朝臣仲綱宣ず。

　　さいしょうおう　　ちょく　うけたまは　　い　　　　きよもりほっしなら　　　　むねもりら　　　いせい　もつ　　きょうと　　　おこ　　　　こっか　　　ほろぼ　　ひゃっかんばんみん　のうらん
　最勝王の勅を奉りて偁う。清盛法師并びに宗盛等、威勢を以て兇徒を起す。國家を亡し、百官万民を惱乱す。

　　　ごき　しちどう　　りょりゃく　　　　こういん　　ゆうへい　　　こうしん　　るざい　　　　いのち　た　　　　　み　　　なが
　五畿七道を虜掠し、皇院を幽閇し、公臣を流罪す。命を断ち、身を流す。

　　ふち　　しず　　　たかどの　こ　　　　ざい　　と　　　　くに　　　りょう　　かん　　うば　　しょく　　さず　　　こう　な　　　　しょう　　ゆる　　　つみあらず　とが　はい
　淵に沈め、樓に込め、財を盜り、國を領す。官を奪い軄を授け、巧無きに賞を許し、罪非に過を配す。

　　ある　　　　しょじ　の　こうそう　を　め　　こ　　　　　しゅうがくのそうとを　きんごく　　ある　　　えいがく　　けんまいを　たま　　くだ　　　　むほん　りょうまい　　あいぐ
　或いは諸寺之高僧於召し釣め、修學之僧徒於禁獄す。或いは叡岳の絹米於給ひ下し、謀叛の粮米を相具す。

　　ひゃくおうのあと　た　　　　いちにんのこうべ　き　　　　ていおう　　いぎゃく　　　ぶっぽう　はめつ　　　　　こだい　　　た　　ものなり
　百王�K之跡を断ち、一人�L之頭を切る。帝皇に違逆し、佛法を破滅し、古代を絶つ者也。

　　ときにてんちことごと　かな　　　　　しんみんみなうれ
　時于天地悉く悲しみ、臣民皆愁う。

　　よつ　　われいちいん　だいにみこ　　　なし　　　　てんむてんのう　　きゅうぎ　　たず　　　おういすいしゅのやから　ついとう
　仍て吾一院の第二皇子と爲て、天武天皇の舊儀を尋ね、王位推取之輩を追討す。

　　じょうぐうたいし　　こせき　　たず　　　　ぶっぽうはめつのたぐい　　う　　ほろ　　　　　　や　　　ただじんりきのかま　　　　たの　　あらず　　ひとへ　てんどうのたす　　あお　ところなり
　上宮太子の古跡を訪ね、佛法破滅之類を打ち亡ぼさん矣。唯人力之搆へを憑むに非、偏に天道之扶けを仰ぐ所也。

　　これ　　よつ　　　　も　　　ていおうさんぽうしんみょうのみょうかんあ　　　なん　たちま　しがくごうりきのこころざしな
　之に因て、如し帝王三寳神明之冥感有らば、何ぞ忽ち四岳合力之 志 無からんや。

　　しか　　　すなは　　　　げんけのひと　　　とうしのひと　　　　かね　　　さんどうしょこくのかん　　　ゆうし　　た　　　　　ば　　　おな　　　　　よりき　　　ついとうせし
　然らば則ち、源家之人、藤氏之人、兼ては三道諸國之間、勇士に堪えら者、同じく与力し追討令め、

　　も　　　どうしんせず　おい　　は　　きよもりほっし　　　じゅうるい　なぞら　　　し　る　ついきんのざいか　　おこな　　べ　　　も　　しょうこう　あ　　　　おい　　は
　若し同心不に於て者、清盛法師の從類に准ひ、死流追禁之罪過に行ふ可し、若し勝功有るに於て者、

　　　ま　　　しょこくのしせつ　　　あず　　　　　　ごそくい　の　のち　　かなら　　こ　　　　したが　けんじょう　たま　　　べ　　なり　　　しょこくしょうち　　　　せん　　よつ　これ　おこな
　先ず諸國之使節に預かり、御即位之後、必ず乞いに随ひ勸賞を賜はる可き也。諸國承知して宣に依て之を行へ

　　　　　じしょうよねんしがつここのか　　　　　　　　　　　　　　　　　さきのいずのかみしょうごいげみなもとのあそん　なかつな
　　治承四年四月九日                前伊豆守正五位下源朝臣仲綱

参考�@令旨は、皇太子などが出す命令、天皇が出すと宣旨、上皇は院宣。
参考�A武衛は、兵衛の唐名で、ここでは頼朝を差す。
参考�B北条は、静岡県田方郡韮山、後の堀越公方も同じ地。
参考�C水干は、狩衣の変化したもので、水張りにして干した絹の服、下に袴を穿く。
参考�D男山は、京都府八幡市八幡高坊の岩清水八幡宮。
参考�E侍中は、蔵人の唐名。
参考�F信頼は、平治の乱の首謀者。
参考�G平直方は、源氏山の麓の屋敷地現寿福寺を源頼義に譲った人。一般には「なおかた」と皆かなをふっている。しかし、黒板先生の漢文には「ツネ」とカナがふられているので、「なおつね」としておいた。気になれば読み替えるべし。
参考�H時政は、父が時家。頼朝の縁で本家のように見えるが、実は京都で彼の代官を務めた従兄弟の平六�{仗時定の方が本家らしい。(奥富説)
参考�I伊豆の豪傑とは、北条家の分家で小さな土豪に過ぎないので豪族と書けずに苦心惨憺の上で豪傑と書いた。
参考�J令旨は、実在のものではなく、源平盛衰記からとったものという意見もある。
参考�K百王は、天皇家。
参考�L一人(いちにん)は、普通摂関家を指すが誰も切られていない。

現代語治承四年(1180)四月小廿七日壬申。高倉宮の令旨が今日、頼朝様のおられる伊豆の北条館に届きました。八条院の蔵人行家が持ってきました。
頼朝様は水干を着て、まず京都の石清水八幡宮の方を拝んだ上で、謹んでこれを開いて見ました。
行家は甲斐や信濃の源氏に知らせるため、すぐに出発しました。
頼朝様は藤原信頼の同罪として、永暦元年三月十一日に伊豆へ配流され、嘆きながら20年の季節を送り、愁いて４×８＝３２才余を迎えました。(実は数えの34歳)
この頃は、平清盛が好きなように天下を把握していました。云うことを聞かない役人を罰則し、おまけに後白河法皇を鳥羽離宮に閉じ込めました。上皇はお怒りで悩まれておられた(武力が無いのに彼は相当の策士である)。こんな時に(親王の命令である)令旨が来ました。
それじゃあって云うことで正義の兵を上げようとしました。これは天から与えられた機会といえるかもしれません。
ここに平直方の五代の孫の北条四郎時政殿は伊豆の豪傑です。頼朝様を婿として、絶対の忠誠を表しています。ですから頼朝様はまず一番に時政殿を呼んで令旨を開いて見せました。

命令する。東海道、東山道、北陸道諸国の源氏や群兵らに
早く平清盛とその一族の反逆の連中を追討すること
右のことは、源仲綱が以仁王の命令令旨を承って命じる

最勝王(以仁王)の勅命を受けて言います。平清盛と次男の宗盛は力に任せて武力行使をして、国家をだめにして、万民を悩ませた。日本国中を我が物顔にして、法皇を幽閉して(11791120後白河を鳥羽殿に)、正しい役人を流罪にした。時に人を殺し、流罪にし、立ち上がれなくし、牢屋に入れ、財産を横領し、国司の権限を取り、官職を剥奪し、無理な義務を負わせ、手柄のない身内に賞を許し、反対派の者には無実の罪を着せた。反対する高徳の僧侶を監禁し、学者としての僧をも閉じ込める。延暦寺へ納める絹や米を身内に配り、謀反人である味方の軍隊の食料にする。天皇家をつぶそうとしている。摂関家の首を切って、天皇家に逆らって、仏法を破滅し、聖徳太子以来の歴史を壊してしまう者である。これでは天下の全てが悲しんで、臣下も民も悲しんでいる。だから私は後白河院の第二皇子として、壬申の乱(672)で正しい皇統を継いだ天武天皇の前歴を学び、天下を略奪した連中を追討する。聖徳太子の歴史を学び、佛法を破滅しようとするやつらを討ち滅ぼそう。ただ単に人間としての力を頼りにしているだけではなく、天道の助けがついているのだ。天皇家や仏教、神道のご利益があれば、なんで四岳(？)の力をあわせる志が無い訳がない。それでは源氏藤原氏又東海東山北陸の三道諸国の勇士としての名誉な名に湛えられる人は、同様に力を会わせ追討しろ。もし賛同しないものは、清盛とその仲間と同じように、死罪や流罪や追捕の罪にしてしまう。もし、手柄をたてた者には、まず国衙の役人に届けて、即位の後は必ず望みに合せて賞を与えよう。諸国の人たちよ令旨に従い行うように。
　　　　　治承四年四月九日　　　前伊豆守正五位下源朝臣仲綱

(但し、この文章には偽文書の疑いがあると指摘する人がいる)

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