吾妻鏡入門第二巻

治承五年(1181)三月小「七月十四日養和元年と爲す」

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　ひのとうし　　きょう　　　ぶえい　　おんははぎ　　おんいみづき　　　な　　　　よっ
治承五年(1181)三月小一日丁丑。今日、武衛、御母儀　御忌月�@を爲すに依て、

つちやのじろうよしきよ　　　かめがやつどう　　をい　　　ぶつじ　　しゅうせら　　　どうし　　はこねやまべっとう　ぎょうじつ　　しょうそう　ごにん
土屋次郎義�C�Aが龜谷堂�Bに於て、佛事を修被る。導師は筥根山別當の行實、請僧は五人。

せんこうぼうりょうせん　たいふこうじょうえい　かわちこうりょうえい　せんしょうぼうぜんえん　じょうにょぼうほんげつらなり　ぶえいちょうもんせし　たま
專光坊良暹、大夫公承榮、河内公良睿、專性房全淵、淨如房本月等也。　武衛聽聞令め給ふ。

おんふせ　　　どうし　　うまいっぴき　　ちょうけんにひき　　　しょうそう　くべつ　　　しらふにたん　なり
御布施は導師に馬一疋、帖絹二疋�C、請僧は口別�Dに白布二端�E也。

参考�@御母儀御忌月は、平治元年三月死亡となるが、尊卑分脈に頼朝の経歴によると平治元年三月一日に服解（ふくげ）とある。同十二月に平治の乱。
参考�A土屋次郎義�Cは、岡崎四郎義實の実子で土屋へ養子に行ってる。
参考�B亀谷堂は、岡崎四郎義實の建立した一宇で、後に政子が寿福寺の前身を建立。
参考�C絹一疋は、幅二尺二寸（約66cm）、長さ五丈一尺（約15.3m）の絹の反物。二反。馬一匹に相当する。
参考�D口別は、坊主は一人二人と数えず、口で稼ぐばっかりなので、一口二口と書いて「いっく」「にく」と呼ぶ。俗人ではないので、人と呼ばない。
参考�E白布二端也は、まだ銭は普及していない。後に泰時は米一石を銭一貫文としている。

現代語治承五年(1181)三月小一日丁丑。今日は、頼朝様のお母さんの亡くなった月ですので、土屋次郎義�Cの亀ケ谷のお堂で法事を行いました。指導僧は箱根権現長官の行実で、お供の坊さんは五人で、專光坊良暹、大夫公承榮、河内公良睿、專性房全淵、淨如房本月達です。頼朝様はお経をお聞きになられました。お布施は、指導僧に馬一頭、絹二疋、お供の坊さんには一人づつに白布二反です。

読下し　　　　　　　　　　　　　　みずのえうま　　おおなかとみのよしちか　いせのくによ　しょじょうを　ちうはちこれひら　の　もと　つう
治承五年(1181)三月小六日壬午。大中臣能親、伊勢國自り書状於　中八維平�@之許へ通ず。

これ　さんぬ　しょうがつじうくにち　くまのさんたんぞうのじゅうるい　　ごう　　いざはのみや　　らんにゅう　　ごてん　　さしやぶ　　　　しんぽう　　はんよう　　　のかん
是、去る正月十九日、熊野山湛�摧V從類と号し伊雜宮�Aに濫入し、御殿を鑽破り、�~寳を犯用する之間、

いち　　ねぎ　　なりながかんぬし　　　さた　　な　　　ぎょたい　を　ないくう　うつ　たてまつ　のところ　おな　　　にじうろくにち
一の祢�＄ｬ長�~主が沙汰と爲し、御躰�B於内宮に遷し奉る之處、同じき廿六日、

くだん　やから　またやまだうじ　りょうごう　　　おそ　　きた　　じんおく　しょうしつ　　　しざい　　うば　　と　　　をはんぬ
件の輩が亦山田宇治兩郷�Cに襲い來り人屋を燒失し、資財を奪い取り訖。

あまてらすおおみかみ　ちんざいらい　せんよひゃくさい　すめみまごのみことすいじゃくののち　　ろくひゃくよえん　いま　　かく　　ごと　　れい　　あ
天照大�~、　鎭坐以來、千百余歳、　皇御孫尊垂跡之後�D、　六百余年、未だ此の如き例は有らず。

とうじ　　　げんけ　さいこうの　よなり　　もっと　きんしんの　ぎ　あ　　べ　　てへ　　　　これひら　こ　　じょう　み
當時、源家再興之世也。尤も謹愼之儀有る可し者り。維平此の状を覽せる。

たんぞう　みかた　こう　　　　かく　　　くはだ　あ　　　　　　　こと　　おどろ　きこ　　め　　　　けいしん　　ため　　ごりゅうがん　あ　　べ　　のむね　　ほう　　おお　　らる　　　うんぬん
湛�搆苺�に候じて�E此の企て有るは、殊に驚き聞し食す。敬�~の爲、御立願有る可し之旨、報じ仰せ被ると云々。

参考�@中八維平は、由利中八維平で秋田県由利郡。
参考�A伊雜宮は、伊勢神宮の別宮のひとつ。http://www.genbu.net/data/sima/izawa_title.htm
参考�B御躰は、鏡。
参考�C山田宇治兩郷は、伊勢市山田・伊勢市宇治。
参考�D皇御孫尊垂跡之後は、天孫降臨から。
参考�E湛�搆苺�に候じては、源氏の味方になっているはずなのに。元々、伊勢は源氏贔屓。熊野本宮は平家贔屓。

現代語治承五年(1181)三月小六日壬午。大中臣能親が伊勢国から手紙を中八惟平へよこしました。これは、先の正月十九日に熊野神宮の湛増の仲間だと言って伊雑宮に攻め込んで、建物を壊して神様の宝物を盗まれたので、その間に神社の一番上の位の成長神主の命令で、御神体を伊勢神宮の内宮に遷しましたが、同じように二十六日にその連中が又も神宮領地の宇治山田の両村に襲ってきて、民家を焼いて財産などを奪い取っていきました。天照大�~をここへ祀って以来千百余年、皇室から斎宮が来られるようになってから六百年以上もの間、今までにこのような悪い例は有りませんでした。今は、源氏が復帰する機会なので、なおさら大事にすべきときなのに。と書かれています。中八惟平はこの手紙を頼朝様に見せました。頼朝様は、湛増は味方についておきながら、このような行為をするとは特に驚かれました。�~を敬う心が厚いので、伊勢神宮に願い事をするから、取り計らうように伝えるよう仰せになられましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　みずのとひつじ　　たいふさかんにゅうどう　　じょう　おく　　　もう　　　　い
治承五年(1181)三月小七日癸未。大夫属入道�@、状を送りて申して云はく。

さんぬ　つきなぬか　いん　でんじょう　をい　　ぎじょう　あ
去る月七日、院の殿上に於て議定有り。

たけだのたろうのぶよし　おお　　　　　ぶえい　ついとう　ちょう　　おんくだしぶみ　くだされ　べ　　　のよし　　さだ　　らる
武田太郎信義に仰せて、武衛追討の廳�Aの御下文を下被る可し之由、定め被る。

また　　しょこく　　げんじ　　へいきん　　　ついばつさる　べ　　のじょうは　　　そのじつ　な　　　かぎ　ところ　ぶえいばか　なり
又、諸國の源氏を平均に�B追伐被る可し之條者、其實無し。限る所は武衛許り也。

ふうぶんのおもむき　かく　ごと　てへ　　　　これ　　よっ　　　　たけだ　　をい　　　　ごかくしん　な　　　　　　　　あらず
風聞之趣、此の如く者り。之に依て、武田に於ては御隔心無きにしも非。

しさい　を　のぶよし　たず　　らる　のところ　　するがのくによ　　きょうさんちゃく
子細於信義に尋ね被る之處、駿河國自り今日參着す�C。

み　　　をい　　　　まった　ついとうし　　こと　たてまつらず　　たと　　おお　　くださる　　　いへど　　うけたまわ　しん　べからず
身に於ては全く追討使の事を奉不。　縱い仰せ下被ると雖も、奉りを進ず不可。

もと　よ　　いしん　　ぞんぜざるのじょう　きょねん　たびたび　こう　　もっ　　　　　さだ　　　おも　　し　　　　　め　　　か　のよし
本自り異心を存不之條、去年の度々の功を以て、定めて思い知らし食す歟之由、

ちんしゃさいさん　およ　　のうえ　　　ししそんそんに　いた　　　　　　　　　ごしそん　　たい　　ゆみ　　ひ　　べからずのおもむき
陳謝再三に及ぶ之上、子々孫々于至るまで、御子孫に對し弓を引く不可之趣、

きしょうもん　　か　　　　けんらんせし　　のかん　　ごたいめん　あ
起請文に書き、献覽令む之間、御對面有り。

こ　　かん　　なお　ごようじん　あ　　　　よっ　　　よしずみ　　ゆきひら　　さだつな　もりつな　　かげとき　め　　　　　おんざ　　さゆうに　そうら　　せし　　　うんぬん
此の間、猶御用心有るに依て、義澄、行平、定綱、盛綱、景時を召し、御座の左右于候は令むと云々。

たけだみずか　こしがたな　と　　ゆきひら　あた　　　にゅうごの　のち　　たいしゅつ　これ　　かえ　　と　　　　うんぬん
武田自ら腰刀を取り行平に与へ、入御之後の退出に、之を返し取ると云々。

参考�@大夫属入道は、三善善信。
参考�A廳は、院の庁。
参考�B平均には、全て。
参考�C駿河國自り今日參着すは、武田が駿河國の守護になっている。

現代語治承五年(1181)三月小七日癸未。大夫属入道三善善信から手紙で言ってきました。
「七日の後白河院での会議で武田太郎信義に命令して頼朝様を追討するよう院の庁の命令書を出すよう決められました。又、国々の源氏をどれも攻め滅ぼすようにとの話は実際はありません。実は滅ぼす相手は頼朝様だけです。噂の内容はこのようなのです。」と云ってきました。
これに依って、頼朝様が思うには、武田の裏切りは無いとは言い切れない。詳しいことを武田太郎信義に尋ねたところ、駿河国から今日、本人が鎌倉に来ました。「自分には追討する役をしろとの命令は来ていません。例え命令されたとしても、了承をするつもりはありません。本から背く心は無いことは、去年の再三に及ぶ戦の手柄の事を思えば、知ってもらえるでしょうか。」と何度も弁解をした上、私の子孫の代になっても、頼朝様の子孫に敵対することはありませんと神や仏への誓いの文書を書いて、見ていただくため献上しましたので、お会いすることにしました。
それでも未だ用心して、三浦義澄、下河邊行平、佐々木定綱、佐々木盛綱、梶原景時を呼んで座席の左右に居させたんだとさ。武田信義は、自分から刀を鞘ごと腰から抜き取りはずして、下河邊行平に渡し、頼朝様が奥へ入った後、自分が帰る時に返してもらいましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　ひのえいぬ　　じゅうろうくらんどゆきいえ　〔ぶえい　　おじ　〕　　　　しそく　　くらんどたろうみついえ　　おな　　　　じろう
治承五年(1181)三月小十日丙戌。十郎藏人行家〔武衛が叔父〕、子息の藏人太郎光家、同じき次郎、

そうぎえん　〔　きょうこう　ごう　　〕　　　いずみのたろうしげみつ　おわり　みかわりょうごく　　ゆうし　　あいぐ　　　　すみまたがわ　へんにじん
僧義圓〔卿公と號す〕、泉太郎重光、尾張、參河兩國の勇士を相具し、墨俣河�B邊于陣す。

へいしたいしょうぐん　とうのすけしげひらあそん　さしょうしょうこれもりあそん　えちぜんのかみみちもりあそん　さつまのかみただのりあそん　　みかわのかみとものり
平氏大將軍　頭亮重衡朝臣、　左少將維盛朝臣、越前守通盛朝臣、　薩摩守忠度朝臣、參河守知度、

さぬきのかみさえもんのじょうもりつな〔たかはし　ごう　〕　　　さひょうえもりひさ　ら　おな　　かわ　　せいがん　　あ
讃岐守左衛門尉盛綱〔高橋と號す〕、左兵衛盛久�C等同じく河の西岸に在り。

ばん　　およ　　じちゅう　みつみつ　はか　　　めぐ　　　　　へいけ　　おそ　　　　　　ほっ　　　のところ
晩に及び侍中�D密々に計りを廻らし、平家を襲はんと欲する之處、

しげひらあそん　　とねり　　　かないしまるうま　あら　　　　　　ため　　かわまた　いた　　のかん　　　とうしの　けいせい　　み　　はし　　かえ　　そ　　よし　　つげ
重衡朝臣が舎人�Fの金石丸馬を洗はんが爲、河俣に至る之間、東士之形勢を見て奔り歸り其の由を告る。

よっ　　じちゅういま　しゅつじんのいぜん　　とうのすけ　　ずいへい　げんじ　　おそ　　せ
仍て侍中未だ出陣之以前に�G頭亮が随兵が源氏を襲ひ攻む。

こと　　そこつ　　　お　　　じちゅう　　じゅうぐんらすこぶ　ど　　うしな　　　あいたたか　いへど　　り　な
縡、楚忽�Hに起き侍中が從軍等頗る度を失い、相戰ふと雖も利無し。

ぎえんぜんし　もりつな　　ため　　う　　　と　らる　　　　くろうどじろう　　ただのり　　ため　　いけどらる　　　　いずみたろう　おな　　おとうとじろうもりひさに　うちとらる
義圓禪師盛綱の爲に討ち取被る。藏人次郎は忠度の爲に生虜被る。泉太郎、同じく弟次郎盛久于討取被る。

こ　　　ほか　ぐんぴょうある　　かわ　　い　　　できし　　　　　ある　　　きずせら　いのち　おと　　　およ　ろっぴゃくくうじゅうよにんなり
此の外、軍兵或ひは河に入り溺死し、或ひは傷被れ命を殞す。凡そ六百九十余人也。

参考�@義圓は、乙若丸。鎌倉へ来て頼朝と対面してからなのか解らない。
参考�A泉太郎重光は、重満で尾張泉御園、現安城市和泉。
参考�B墨俣河は、長良川の別名、当時は木曽川と揖斐川が合流し、要害の地であった。墨俣川合戦。
参考�C左兵衛盛久は、平家滅んだ後、捕虜となり鎌倉へ連れてこられて長谷小路で斬首にされそうになるが、観音様のお陰で助かる。その石碑が長谷1丁目7番2号にあり。
参考�D侍中は、蔵人の唐名。
参考�E頭亮は、蔵人頭中宮亮の略。
参考�F舎人は、轡取りで、生涯元服をせず幼名を名乗る。武士之世界では少年を使い、公家社会では被差別民を使う。
参考�G未だ出陣之以前にと、書いてあるが平家物語では、行家軍が夜討ちをかけようと河を渡ったところで待ち伏せにあったとあり、「敵は河を渡れば、馬物具も皆濡たるぞ、それを標に討て」と平家からは敵の判別が容易かったとある。
参考�H楚忽は、急にと云う意味で、現在の粗忽とは違う。

現代語治承五年(1181)三月小十日丙戌。頼朝様の叔父の行家は、息子の長男蔵人光家、同蔵人次郎、僧義円〔卿公と云う〕、泉太郎重光や尾張、三河の軍隊を引き連れて墨俣川に陣を構えました。平家の大将は頭亮重衡、左少將惟盛、越前守通盛、薩摩守忠度、三河守知度、讃岐守左衛門尉盛綱〔高橋と云う〕、左兵衛盛久等が同じ川の西岸におりました。夜になって行家は策略をもって密かに平家を攻撃しようと企んでいましたが、重衡の下働きの金石丸は馬を洗おうとして川へやってきたら、東軍の軍隊の動きを見て攻めてきそうなのを知って急いで帰ってその旨を報告しました。その為に藏人行家が未だ出陣する前に重衡の軍隊が源氏へ攻め込んできました。そんな予期せぬ事態が急に起こったものですから藏人行家の軍隊はとても慌ててしまい、戦いましたが全く歯がたちませんでした。義円は高橋盛綱に討たれ、蔵人次郎は忠度に捕虜になり、泉太郎重光は高橋盛綱の弟の次郎盛久が討ち取りました。この他の軍隊も川にはまって溺れ死んだり、傷を受けて死んだりしたのが約六百九十余人にもなります。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　つちのえね　　しょこくいま　　せいひつ　　　　　　　　ぶえいおんふい　な　　　　　　　　あらず
治承五年(1181)三月小十二日戊子。諸國未だ靜謐ならず�@、武衛御怖畏無きにしも非�A。

よっ　　しょしゃ　　ごりゅうがんあ　　　　　きょう　　　ま　　　ひたちのくに　しおはま　　おおくぼ　　せや　　など　　　もっ　　　　しょしょ　　　かしましゃ　　よ　たてまつられ
仍て諸社に御立願有り。今日、先ず常陸國 塩濱�B、大窪�C、世谷�D等を以て、所々を鹿嶋社に寄せ奉被る。

そ　　　うえ　　ごけいしんの　あま　みやなか　をい　ろうぜき　　あらは　せし　　ざるため　　かしまのさぶろうまさもと　　もっ　　とうしゃ　　そうついぶし　　　ぶさだ　　られ
其の上、御敬�~之餘り宮中に於て狼藉を現は令め不爲。鹿嶋三郎政幹�Eを以て當社の惣追捕使�Fに補定め被る。

参考�@諸國未だ靜謐ならずは、未だ敵対する相手がいるという意味。
参考�A武衛御怖畏無きにしも非は、平家の巻き返し。
参考�B塩濱は、久慈郡河原子村。現茨城県日立市河原子町。
参考�C大窪は、多賀郡大久保村。現茨城県日立市大久保町。
参考�D世谷は、久慈郡瀬谷村で、世矢とも書き鹿島神宮権禰宜世谷氏在住。現茨城県常陸太田市に世矢中学、世矢小学校、世矢幼稚園あり。
参考�E鹿嶋三郎政幹は、幹の通字から常陸大掾氏の末裔で、父の吉田成幹が鹿島郡に住し鹿島と名乗る。
参考�F惣追捕使は、警察軍事統率権者だと思うが、後には守護になる。追捕使は、警察・軍事的官職。初めは臨時 の官職であったが、後に諸国に常設されるようになった。

現代語治承五年(1181)三月小十二日戊子。諸国には、未だに敵対する平家が居るので平和に収まらないので、頼朝様は心配が無い訳ではありません。そこで諸国の神社に願いをかけておられます。今日、初めに常陸（茨城県）の塩浜、大窪、瀬谷などの荘園を鹿島神社に寄付なされました。その上。神を敬う余り鹿島神宮領内において乱暴狼藉を取り締まるために、鹿島三郎政幹を軍事警察長官(茨木県警鹿島地区警察署長)に任命しました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　つちのとうし　　やすだのさぶろう　ししゃ　　むとうごとうとうみのくによ　　かまくら　　さんちゃく　　　もう　　　　い
治承五年(1181)三月小十三日己丑。安田三郎が使者、武藤五遠江國自り鎌倉に參着し、申して云はく。

おんだいかん　な　　　とうごく　　しゅごせし　　　　へいししゅうらい　　あいま　　　　なかんづく　　　めい　　う　　　はしもと　　　むか　　　ようがい　　かま　　　　　　ほっ　　　　のかん
御代官と爲し當國を守護令め、平氏襲來を相待つ。就中に、命を請け橋本�@に向ひ、要害を搆へんと欲する之間。

にんぷ　　　め　　のところ　　あさばのしょうじむねのぶ　　さがらのさぶろう　らこと　をい　ないがしろ　な　　　　ごうりきいたさず
人夫を召す之處、淺羽庄司宗信�A、相良三郎�B等事に於て蔑如を成し、合力致不。

あまつさ　よしさだ　じげ　い　　　のとき　　くだん　りょうにんうま　　の　　なが　　そ　　　まえ　　う　　とお　　おはんぬ
剩へ義定地下に居る之時、件の兩人馬に乘り乍ら其の前を打ち通り訖�C。

これ　　すで　　やしん　　ぞん　　　　ものなり　　したがいて　かれら　いちぞく　　とうじおお　　へいけ　　ぞく　　　すみや　　けいばつ　くは　　らる　　べ　　か　　　うんぬん
是、已に野心を存ずる者也。随而、彼等の一族、當時多く平家に属す。速かに刑罸を加へ被る可き歟と云々。

参考�@橋本は、浜名湖の新居関で、現静岡県浜名郡新居町浜名に橋本バス停あり。
参考�A淺羽は、旧遠江国磐田郡。静岡県袋井市浅羽支所。
参考�B相良は、旧遠江国榛原郡相良町。静岡県牧之原市相良に相良庁舎あり。
参考�C馬に乘り乍ら其の前を打ち通り訖は、乗り打ちと云って上位の者に対しては無礼になる。

現代語治承五年(1181)三月小十三日己丑。安田三郎義定の使いの武藤五が遠江から鎌倉に到着して、云うのには、安田三郎義定は頼朝様の代官として遠江守護として守備を固めて平家の襲撃を待っています。取分け命令に従って橋本（浜松）に向けて防備を厳重に構えようとして、人夫を招集しましたが、浅羽庄司宗信と相良三郎は、私を馬鹿にして手伝いをしません。そのあげく、私義定が地上に立っているのに、その前をその二人が馬に乗ったままで私の前を通り過ぎるという乗り討ちをしました。これは、もう野心を持っているに違いありません。だから、彼らの一族は、現在多くが平氏に従っているわけです。早く刑罰を下して欲しいんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　かのえとら　　あさばのしょうじ　さがらのさぶろうら　　こと　　いっぽう　うっとう　つ　　　　ざいか　　しょされがた　のよし
治承五年(1181)三月小十四日庚寅。淺羽庄司、相良三郎等が事、一方の鬱陶に就き、罪科に處被難し之由。

むとうご　　に　おお　ふく　　らる　　のところ　　むとう　もう　　　　いは
武藤五于仰せ含め被る之處、武藤申して云く。

かれら　　きっかい　　うった　　　ため　　ししゃ　　すす　　らる　　のよし　　くにじゅう　　ひろう　　をはんぬ
彼等の奇恠を訴へん爲、使者を進め被る之由、國中に披露し畢。

しか　　　　さいきょ　こうむ　　ずして　　むな　　　　きこくせし　　ば　　　そ　　　いせい　な　　　　ごと　　か
而るに裁許を蒙ら不而、空しく歸國令ま者、其の威勢無きが如き歟。

ごじつ　　　も　　　きょその　むね　　き　　　　　め　　　ば　　つかいをざんざい　おこな　　　べ　　　　てへ
後日、若し虚訴之旨を聞こし食さ者、使於斬罪に行はる可し。者り。

これ　　よっ　　かのりょう　をい　　は　　よしさだぬしりょうしょうすべ　のむね　ごしょうそこ　あ
之に依て彼領に於て者、義定主領掌可き之旨、御消息有り。

ただ　　　むねのぶら　ごじつちんしゃ　　　も　　　そ　　　いは　　あ　　　ば　　かへっ　そにんを　ざいか　　しょせら　　べ　　のおもむき　これ　のせられ　　　　うんぬん
但し、宗信等後日陳謝して若し其の謂れ有ら者、還て訴人於罪科に處被る可し之趣、之を載被ると云々。

現代語治承五年(1181)三月小十四日庚寅。浅羽庄司と相良三郎の事に就いては、片方の訴えだけで罪にすることは出来ないと武藤に言い含めた処。武藤が言うには「彼等の不当な行為を訴えるために使いを鎌倉へ出したことを国中にふれました。それなのに、判決をしてくれなくては、空手で帰れば、主人の安田の守護としての権威がないのと同じです。後日、もしそれが間違いだったことをお聞きになられましたら、使いを斬罪にしてくださって結構です。」といいました。この言葉によって、その領地は安田義定の支配として命令を聞くようにするよう、文書を出してくれました。但し、浅羽達が後日弁明をしてきて、若しその理由がきちんとしていれば、かえって訴えてきた安田の方を罪とするようにその内容を書き加えたんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　きのとひつじ　　おわりのくにじゅうにん　おおやのちゅうざやすつぐ　　かまくら　　は　　　さん　　　もう　　　　　い
治承五年(1181)三月小十九日乙未。尾張國住人　大屋中三安資�@、 鎌倉へ馳せ參じて申して云はく、

さんぬ　とおかじちゅうすみまたがわ　をい　　　へいしとかっせん　　　じちゅう　じゅうぐん　ことごと　もっ　めつぼう
去る十日侍中墨俣河に於て、平氏与合戰す。侍中が從軍悉く以て滅亡す。

へいけかち　　じょう　　　のかん　　そ　　ところ　さ　　　　あつたしゃ　　こもられおはんぬ
平家勝に乘ずる之間、其の所を去り、熱田社に籠被訖。

いちじんやぶ　　　の　うえは　　しげひらあそんいげ　さだ　　　　ちか　　　　き　　　　　　　か　　うんぬん
一陣敗るる之上者、重衡朝臣以下定めて近づき來たらん歟と云々。

とうごく　　ざいちょうら　おお　もっ　へいし　　したが　のところ　やすつぐちゅうちょく　ぬき　　　　もっと　しんみょうのむねおお　ふく　　らる　　　　うんぬん
當國の在廳等多く以て平氏に從ふ之處、安資忠直を抽んず。尤も�~妙之旨仰せ含め被ると云々。

参考�@大屋中三安資は、尾張大宅郷で現在の名古屋市中区古渡町。

現代語治承五年(1181)三月小十九日乙未。尾張の侍の大屋中三安資が鎌倉へ走り到着して申し上げました。「先日の十日に侍中行家（侍中は蔵人の唐名）が墨俣河（今の長良川）で平氏と戦をしました。行家に従っていた軍勢は全て負け滅びました。平家が勝った勢いに調子付いている合間に、そこから引き上げて熱田神宮に隠れました。先陣に当たる行家軍が敗れたので、重衡達の平家軍がこちらへも近づいて来る心配があります。」だとさ。尾張の国衙に勤めている在庁官人の多くが平氏についたのに、安資だけは頼朝様に忠義を尽くしているので、とても神妙である。」と云って聞かせたんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　みずのとう　　かたおかのじろうつねはる　　むほんのきこ　　あ　　　　　よつ　　　ぞうしきを　か　　りょうしょしもうさのくに　　　つか
治承五年(1181)三月小廿七日癸卯。片岡次郎常春�@、謀叛之聞へ有るに依て、雜色於彼の領所下総國�Aへ遣はし、

め　され　のところ　　りょうない　らんにゅう　　　　しょう　　　　たちま　おんし　　きず　　　　めんばく　　　　うんぬん
召被る之處、領内へ乱入したと稱し、乃ち御使を傷つけ面縛�Bすと云々。

よつ　　ざいかちょうじょうのかん　しょたいら　　め　　はな　　らる　　のうえ　　　はや　　くだん　ぞうしき　　まい　　べ　　のよし　　きょう　　おお　　くださる　　うんぬん
仍て罪科重疊之間、所帶等を召し放た被る之上、早く件の雜色を進る可し之由。今日仰せ下被ると云々。

参考�@片岡は、旧茨城県新治郡八郷町片岡、現石岡市片岡。
参考�A領所下総國は、海上庄（うなかみのしょう）で後の東庄（東庄、現千葉県香取郡東庄町）はここで取り上げられ、千葉氏に与えられ、常胤の六男千葉六郎大夫胤頼が受領し、東氏となる。但し、現在千葉県海上郡海上町が隣り合っている？
参考�B面縛は、後ろ手に縛ってその紐を首にかける手が下がると顔が上がるので面を縛ったように見える。

現代語治承五年(1181)三月小廿七日癸卯。片岡次郎常春に謀反の疑いの噂があるので、召使をその領地のある下総へ行かせ呼び出したところ、領地内へ勝手に入ってきたと因縁をつけて、怪我をさせたうえ後ろ手に縛り上げてしまいましたとさ。二重に罪を重ねたので、領地を没収したうえで、召使を鎌倉へ送ってくるように、今日命令を出してくれましたとさ。

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