吾妻鏡入門第三巻

元暦元年(1184)八月大

読下し　　　　　　　　　　　　       　あめふる　　おおうちのかじゃ　　ひきゃくかさ　　　さんちゃく　　　もう　　　　い
元暦元年(1184)八月大二日戊午。雨降。大内冠者�@が飛脚重ねて參着す。申して云はく。

さんぬ　じうくにち　とりのこく　へいけ　よとうら　と　かっせん　　　　ぎゃくとはいぼく　　　とうぼうしゃくじうよにん
去る十九日酉尅、平家餘黨等与合戰す。逆徒敗北す。討亡者九十餘人。

そ　　うちちょうほんよにん　とみたのしんじいえすけ　さきのひょうのじょういえよし　いえきよにゅうどう　ひらたのたろういえつぐにゅうどう　ら　なり
其の内張本四人、富田進士家助�A・前兵衛尉家能・ 家�C入道 ・平田太郎家繼入道�B等也。

さきのでわのかみのぶかね　しそくら　　なら　　　　ただきよほっし　ら　は　　　さんちゅうにとうぼう　をはんぬ
前出羽守信兼�Cが子息等、并びに忠�C法師�D等者、山中于逃亡し畢。

また　　　ささきのげんざひでよし　　　　ごろうよしきよ　　　あいぐ　　　　　かっせんのところ　ひでよし へいけ　ため　　う　　とられをはんぬ
又、佐々木源三秀能�Eは五郎義�C�Fを相具し、合戰之處�G、秀能平家の爲に討ち取被畢。

これよしすで　かいけいのはじ　そそ　　　ちうしょう　　あずか　べ　　か　　　うんぬん
惟義已に會稽之耻を雪ぐ�H。抽賞に預る可き歟と云々。

参考�@大内冠者は、大内惟義で平賀義信の子。
参考�A富田進士家助は、三重県四日市市富田（とみだ）。進士は、律令制で官吏登用試験合格者、合格者の文章生。
参考�B平田太郎家繼入道は、三重県鈴鹿市平田町。（本田技研のあるところ）
参考�C前出羽守信兼は、関信兼。平氏一族。
参考�D忠�C法師は、伊藤上總介忠�Cで富士川の合戰の侍大将。息子に謡曲景�Cの悪七兵衛景�C、永福寺造営中に頼朝暗殺がばれて処刑された上総五郎忠光あり。
参考�E佐々木源三秀能は、近江佐々木庄（安土町佐々木）の住人だが、平治の乱で源氏側に付いたので、領地を平家に召し上げられ、親戚の奥州藤原清衡を頼って落ち延びていく途中で、相摸国澁谷庄司重國に武勇を見込まれ引き止められて、子供四人とともに二十年居候をしていた。治承四年（１１８０）八月九日条。
参考�F五郎義�Cは、その佐々木源三秀義が澁谷庄司重國の娘との間に出来た子。
参考�G合戰之處は、滋賀県甲賀市甲賀町油日の油日神社がある油日川北側に領地を得ていたが、この合戰で南の伊賀から伊勢平氏が攻めてきたのに対し戦った。この合戰の直ぐ後に大内相模守惟義軍が平氏を攻めたので、平氏は二度続けの戰のため疲弊していて敗れた。なお、ここまで伊勢平氏を鎮圧するのに三日かかったので「三日平氏の乱」と云う。
参考�H會稽之耻を雪ぐは、中国の史記に春秋時代、呉越同舟の越王勾践は呉王夫差に破れ、会稽山に逃げたが、夫差の下僕になるという屈辱的な条件によって和睦し、助命された。後にこの恥を忘れぬために肝を舐めて頑張り、やっつけ返した話から諺になっている。

現代語元暦元年(1184)八月大二日戊午。雨降です。大内冠者惟義の伝令が続いて到着して、申しました。先月十九日の午後六時頃に平家の伊勢分隊と戦をしました。敵は負けて逃げたものが九十余人もいました。その内の首領各の四人は、富田進士家助・前兵衛尉家能・家�C入道・平田太郎家継入道達です。前出羽守信兼の子供達とそれに上總介忠清法師達は、山の中へ逃げられてしまいました。又、佐々木源三秀義は、五郎義清を伴って合戰をしていましたが、佐々木源三秀義は平家のために撃ち殺されてしまいました。大内惟義は、先日の汚名挽回の敵討ちをしましたので、お褒めに預かることでしょうかだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　あめふる　　おおうちのかじゃ　つか　　　　め　　　　いさい　　　おんしょ　　たま
元暦元年(1184)八月大三日己未。雨降。大内冠者の使いを召し、委細の御書を賜はる。

そ　　おもむき　　ぎゃくとう　　せ　　う　　　こと　　もつと　しんみょう　　ただ　　ちうしょうされ　べ　　のよししん　　もうさる　　　　　すこぶ　ぶつぎ　　そむ　　か
其の趣は、逆黨を攻め撃つ事、尤も神妙。但し抽賞被る可し之由進じ申被るは、頗る物儀に背く歟。

そ　　　ゆえは　　いっこく　　しゅご　　　ぶ　　　のもの　　　　ろうるい　　しず　　　　ため　なり　　しか　　　せんじつ　　ぞくと　　　ため　　けにんら　　せつがいされをはんぬ
其の故者、一國の守護に補す之者は、狼唳を鎭めん爲�@也。而るに先日、賊徒の爲に家人等を殺害被訖。

これ　　ようい　な　　　のいた　ところなり　　あにをつど　　あらずや　しからずんば　しょうばつはよろ　　　　よ　の　い　　まか　　　　　　てへ
是、用意無き之致す所也。豈越度�Aに非哉。然者、　賞罰者宜しく予之意に任すべし者り。

また　　おんし　を　きょうと　　はつ　　らる　　　このたび　　いがのくにへいかく　こと　　ひとへ　でわのかみのぶかね　しそくら　　けっこう　　　あ　　　か
又、御使於京都へ發せ被る。今度の伊賀國兵革の事、偏に出羽守信兼が子息等の結搆�Bに在る歟。

しか　　　　か　　やからかこみのなか　のが　　ゆくえ　しれず　　うんぬん　　さだ　　　けいちう　　かく　　のが　　　　か
而るに彼の輩圍之中を遁れ、行方不知と云々。定めし京中に隱れ遁れる歟。

はや　これ　　たず　　さが　　きびす　めぐらさず　ちうりくせし　　べ　　のおもむき　　げんくろうぬし　もと　　　おお　　つか　され　　　　うんぬん
早く之を尋ね搜し、踵を不廻、誅戮令む可し之趣、源九郎主の許へ�C仰せ遣は被ると云々。

あだちのしんざぶろう　ひきゃく　な　　かどで　　　　うんぬん
安逹新三郎�D飛脚と爲し首途すと云々。

参考�@守護に補す之者は、狼唳を鎭めん爲は、守護の仕事を明確に表現している。
参考�A越度は、落ち度。
参考�B結搆は、文字の意味のままで結び構える。
参考�C源九郎主の許へは、源九郎義經が京都守護だから。
参考�D安逹新三郎は、足立清恒で雑色の長をしているので名字がある。

現代語元暦元年(1184)八月大三日己未。雨が降っています。大内冠者惟義の伝令を呼び出し、詳しく書かれた手紙を与えました。その内容は、我々に逆らって戦を仕掛けてきた平家の連中をやっつけたことはとっても偉い。しかし、わざわざ表彰してくれなんて云って来ることは、とんでもない事だ。なぜならば、一国の守護に任命されたならば、揉め事を鎮めるのが仕事じゃないか。それなのに先日反逆者たちに部下を殺されたじゃないか。それは用心が足りないからだ。何を血迷っているんだ。だから表彰の事は私の裁量に任せなさい。と言いつけました。又、別な伝令を京都へ出発させました。今回の伊賀の国での武装蜂起は、出羽守関信兼のせがれ達の仕業なので、この人たちを早く探し見つけて、こだわらずに殺すようにと、源九郎義経に対して命令を出されましたとさ。安達新三郎が伝令として出発しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　ぶえい　　　みかわのかみ　あしかがのくらんど　たけだのひょうえのじょう　しょうせい　たま
元暦元年(1184)八月大六日壬戌。武衛�@、參河守・足利藏人・　武田兵衛尉を招請し給ふ。

また　　つねたねいげ　むねとたる　ごけにんら　めし　　よつ　　さんにゅう　　　こ　　やから　へいけ　　ついとう　　ため　　さいかい　おもむ　べ　　のかん　　おんせんべつ　ためなり
又、常胤已下の宗爲�A御家人等召に依て參入す。此の輩、平家を追討の爲、西海へ赴く可し之間、御餞別の爲也。

しゅうじつごしゅえん　あ　　　たいさんの　ご　　およ　　おのおのうまいっぴき　ひきたまは
終日御酒宴有り。退散之期に及び、各馬一疋を引賜る。

そ　　うち　　さんしゅう　　ぶん　　ひぞう　　おんうまなり　　あまつさ　よろいいちりょう　そへられ　　うんぬん
其の中、參州�Bの分は秘藏の御馬也。剩へ　甲一領を副被ると云々。

参考�@武衛は、兵衛の唐名で頼朝。
参考�A宗爲は、主だった。
参考�B參州は、參河守の略で範頼。

現代語元暦元年(1184)八月大六日壬戌。頼朝様は、参河守源範頼、足利蔵人義兼、武田兵衛尉有義を呼びつけられました。又、千葉介常胤以下の主たる御家人達も呼ばれたやってきました。この人達は、平家を討伐するために、中国四国九州方面へ出かけるように送別会をするためです。一日中宴会をしていました。皆が引き上げの時間になって、それぞれに馬を一頭づつ与えるために引き出してきました。その中でも、源参河守範頼への分は、特別に大事にしていた馬です。しかも鎧兜一式をおまけしましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　はれ　　みかわのかみのりより　へいけついとうし　な　　　　さいかい　　おもむ　　　うまのこくしんぱつ
元暦元年(1184)八月大八日�@甲子。�ﾘ。參河守範頼、平家追討使と爲し、西海へ赴く。午尅進發す。

はたざし　〔　はた　　これ　　ま　　〕　ひとり　　　　ゆぶくろ　ひとり　　あいなら　　まえ　　い
旗差〔旗は之を巻く〕一人。弓袋一人。相並び前を行く。

つぎ　　さんしゅう　〔こんむらご　　ひたたれ　　　き　　　　　こぐそく　　　くは　　　　　くりげ　　　うま　　が　　　〕　
次に參州〔紺村濃�Aの直垂�Bを著て、小具足�Cを加へ、栗毛�Dの馬に駕す〕

つぎ　　こじゅう　　やからいっせんき　　なら　　　りゅうてい　　いはゆる
次に扈從の輩一千餘騎、並びに龍蹄。所謂、

ほうじょうのこしろう　　　　　　　　あしかがのくらんどよしかね　　　たけだのひょうえのじょうありよし　　ちばのすけつねたね　　　　　　さかいのへいじつねひで
北條小四郎�E　　　足利藏人義兼　　　武田兵衛尉有義　　千葉介常胤　　　　境平次常秀�F

みうらのすけよしずみ　　　　　　だんへいろくよしむら　　　　　　　はったのしろうむしゃともいえ　　　おな　　　　たろうともしげ　　　　かさいのさぶろうきよしげ
三浦介義澄　　　　男平六義村　　　　八田四郎武者知家　同じき太郎朝重　　葛西三郎�C重

ながぬまのごろうむねまさ　　　　ゆうきのしちろうともみつ　　　　　とうないところのともむね　　　　　　ひきのとうしろうよしかず　　　　　あそぬまのしろうひろつな
長沼五郎宗政�G　　結城七郎朝光　　　藤内所朝宗�H　　　比企藤四郎能員　　阿曾沼四郎廣綱�I

わだのたろうよしもり　　　　　　　おな　　　さぶろうむねざね　　　おな　　　しろうよしたね　　　　　　　おおたわのじろうよしなり　　　　あんざいのさぶろうかげます
和田太郎義盛　　　同じき三郎宗實　　同じき四郎義胤　　大多和次郎義成�J　安西三郎景益�K

おな　　たろうあきかげ　　　　　おおかわどのたろうひろゆき　　　おな　　　さぶろう　　　　　　　　　　ちうじょうのとうじいえなが　　　　くどうのいちろうすけつね
同じき太郎明景　　大河戸太郎廣行　　同じき三郎　　　　中條藤次家長�L　　工藤一臈祐經

おな　　さぶろうすけもち　　　　あまののとうないとおかげ　　　　　おのでらのたろうみちつな　　　　　いっぽんぼうしょうかん　　　　　　とさのぼうしょうしゅん　いげなり
同じき三郎祐茂　　天野藤内遠景　　　小野寺太郎道綱�M　一品房昌寛�N　　　土左房昌俊�O以下也。

ぶえいおんさじきを　いなせがわ　へん　かま　　　　これ　　けんぶつせし　たま　　　　うんぬん
武衛御棧敷於稻瀬河�P邊に搆へ、之を見物令め給ふと云々。

参考�@八月大八日平家追討軍出発は、治承四年「庚子」（一一八〇）七月大五日に八ずくしの話をしており、八幡宮の例もあり八にこだわっている。
参考�A村濃は、全体を均等にぼかすのではなく、同色でところどころに濃い色をおき、その周囲をだんだんと薄くなるようにぼかして染めるぼかし染。
参考�B直垂は、上着、袴とも同じ裂地で作ってある衣装。http://www.heian-soen.jp/taiken/shozokutaiken/itm/hitatare.html
参考�C小具足は、鎧の付属具の称。籠手・臑当て・脇楯など 鎧下の装束だけを着用して、鎧をつけない姿。小具足出装(こぐそくいでたち)。
参考�D栗毛は、全身が褐色の毛で覆われている。
参考�E北條小四郎は、北條小四郎義時のことだが、ここで一番に出てくるのは怪しく、いかにも北條家の子孫が書き加えたのがバレバレである。
参考�F境平次常秀は、常胤の長男胤正の次男で千葉県山武郡芝山町境。
参考�G長沼五郎宗政は、小山朝政の弟で栃木県芳賀郡二宮町長沼。
参考�H藤内所朝宗は、藤は藤原氏、内は先祖に内舎人経験者、所は武蔵國衙蔵人所経験者。
参考�I阿曾沼四郎廣綱は、栃木県佐野市浅沼町。
参考�J大多和次郎義成は、三浦介義澄の弟大多和三郎義久の子で、横須賀市太田和。
参考�K安西三郎景益は、安房の西で三浦爲継の子から始まり、千葉県安房郡鋸南町保田。
参考�L中條藤次家長は、埼玉県熊谷市上中条。
参考�M小野寺太郎道綱は、栃木県下都賀郡岩舟町小野寺。
参考�N一品房昌寛は、後に頼家の乳母。
参考�O土左房昌俊は、後に源九郎義経暗殺に京都へ行き、返り討ちに会う。
参考�P稻瀬河は、鎌倉市内南西の長谷の交差点の東側を南北に流れる川。政子の鎌倉入りの際も日次がよくないとして、この川の西で泊っていることから、鎌倉時代当初はこの川から東を鎌倉内としたようである。川の名前を捩って「イナセ」から後に芝居で白波五人男が揃うのもここである。

現代語元暦元年(1184)八月大八日甲子。晴れです。源参河守範頼は平家討伐司令官として関西へ出発です。正午に出発です。旗持ちが一人〔旗は巻いてあります〕。弓袋持ち一人。二人並んで前を行きます。次に源参河守範頼様「紺色の全体をぼかし所々に濃い色を置いた紺村濃の直垂を着て、鎧の下に着ける小手や脛当てなどの小具足も着けて、栗毛の馬に乗っています」。次にお供の侍達は一千騎、それと乗り換えようの名馬と続きます。名前は北条小四郎。足利蔵人義兼。武田兵衛尉有義。千葉介常胤。境平次常秀。三浦介義澄。男平六義村。八田四郎武者知家。同太郎朝重。葛西三郎清重。長沼五郎宗政。結城七郎朝光。藤内所宗朝。比企藤四郎能員。阿曽沼四郎広綱。和田太郎義盛。同三郎宗実。同四郎義胤。大多和次郎義成。安西三郎景益。同太郎明景。大河戸太郎広行。同大河戸三郎行元（高柳）。中条藤次家長。工藤一臈祐経。同三郎祐茂。天野藤内遠景。小野寺太郎道綱。一品房昌寛。土左房昌俊以下です。頼朝様は、臨時の台の桟敷を稲瀬川のそばに作られて、この様子を見物なされましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　かしましゃ　に　ごきしん　　の　ち　ら　　こと　　　ひたちのくにおくぐんない
元暦元年(1184)八月大十三日己巳。鹿嶋社�@于御寄進之地等の事、常陸國奥郡内�A、

ほんぎゃくのやから　あ　　さまた　いた　　　よつ　　しゃえきまっとうせず　うんぬん
叛逆之輩�B有りて妨げ致すに依て社役全不と云々。

よつ　　もと　　ごと　　　しゃりょうたるべ　　のよし　　きょう　かさ　　　　おお　　くださる　　　うんぬん
仍て元の如く社領爲可き之由、今日重ねて仰せ下被ると云々。

参考�@鹿嶋社は、茨城県の鹿島神宮。
参考�A常陸國奥郡は、茨城県北茨城市あたり。
参考�B叛逆之輩は、十一月十二日に常陸の住人に御家人であることを命令しているので、推測すると常陸大掾氏一族の解体が考えられる。

現代語元暦元年(1184)八月大十三日己巳。鹿島神社に寄進したはずの土地のことだが、常陸の奥郡に鎌倉幕府へ所属していない連中が、鹿島神社の年貢取立てを邪魔しているので、神事を行えないとの事です。それなので、その土地は寄進しているので、今までどおり納税するように、今日再び鹿島神社へ安堵状を発行しました。

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　げんくろうぬし　　　ししゃ　さんちゃく　　　もう　　　　い
元暦元年(1184)八月大十七日癸酉。源九郎主が使者參着す。申して云はく。

さんぬ　むいか　さえもんのしょうじょう　にん　　　　　　　　し　　　せんじ　　　こうむ
去る六日、左衛門少尉に任ぜられ、使の宣旨を蒙る�@。

これ　　しょもうの　かぎ　　　あらず　いへど　　たびたび　くんこうもくしされがた　　　　よつ　　　　じねん　　ちょうおんたるのよし　　おお　くださる　　のかん　　　こじ　　　あたはず　　うんぬん
是、所望之限りに非と雖も、度々の勳功默止被難きに依て、自然に朝恩爲之由、仰せ下被る之間、固辞に不能と云々。

こ　　　ことすこぶ　ぶえい　　みけしき　　　たが　　　　のりより　　よしのぶら　　ちょうしん　ずりょう　　ことは　　　ぎょい　よ　　　お　　　　　あ　　もうされ　　なり
此の事頗る武衛の御氣色に違う。範頼・義信等の朝臣が受領の事者、御意自り起きて擧げ申被る�A也。

こ　　　ぬし　　こと　　をい　　は　　　ないない　ぎ　あ　　　　　　　　そう　な　　　ゆるされずのところ　さへぎっ　しょもうせし　か　のよし　　おうたが　あ
此の主の事に於て者、内々に儀有りて、左右無く聽被不之處、遮て所望令む歟之由、御疑ひ有り。

およ　　ぎょい　　そむかれ　こと　　このたび　かぎらざるか　　これ　よつ　　へいけついとうしたるべ　　こと　　しばら　ごゆうよ　あ　　　　うんぬん
凡そ御意に背被る事。今度に限不歟。之に依て平家追討使爲可き事、暫く御猶豫有りと云々。

参考�@使の宣旨を蒙るは、使は檢非違使の略。検非違使に任命された。
参考�A擧げ申被るは、頼朝が推薦した。

現代語元暦元年(1184)八月大十七日癸酉。源九郎義經様からの使いが到着して言うには、先日の六日に左衛門少尉の任官と檢非違使の宣旨を受けました。私が望んだわけではありませんが、今までの合戰の沢山の手柄を放っても置けないので、当然の褒美だと云われ、辞退出来なかったので受けたとの事でした。しかし、この出来事は、頼朝様のご機嫌を損ねました。源參河守範頼や源武藏守義信達が官職を貰ったのは、頼朝様の意思で推薦したからです。源九郎義經様の任官については、内々に疑義を申し出た者があったので、安易に推薦しなかったのでしたが、先立って希望したのじゃないかと疑いを持ちました。頼朝様の意思に反する行動は、今度に限ったことではないので、見せしめに平家追討の將軍は見合わせました（謹慎させ、反省の機会を与えた）との事です。

参考とうとう源義經が勝手に官職を貰う「自由任官」をしてしまいました。朝廷側は官位を餌に武士同士を反目させ、戰をさせることによりその力量を軽減し、自らの権威を保とうとした。にもかかわらず、そのあたりを理解できない義經の悲劇が始まります

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　むさしのくにじゅうにんあまかすののじひろただ　うぜい　もの　あらず　いへど　　さいかい　へいけ　　ついとうすべ　　おもむ　のよし
元暦元年(1184)八月大十八日甲戌。武藏國住人甘糟野次廣忠�@有勢の者に非と雖も、西海に平家を追討可く赴く之由、

すす　て　これ　　もう　　う　　　　　　ぎょかんの　あま　　　か　　ちぎょうぶん　をい　　は　　　まんぞうじ　　　めんきょのむねこれ　　おお　くだされ　　　　うんぬん
進み而之を申し請く。御感之餘り、彼の知行分に於て者、万雜事�Aを免許之旨之を仰せ下被ると云々。

参考�@甘糟野次廣忠は、猪俣党で埼玉県児玉郡三里町甘粕。野次は、小野の次男で横山党。
参考�A万雜事は、年貢のほかの米以外の納税や労働奉仕。万雑公事は国司の懐に入る。

現代語元暦元年(1184)八月大十八日甲戌。武蔵の国の所領持ちの武士の甘糟野次広忠は、大して軍隊は持っては居ないけれども、関西へ出かけて平家と戦いたいと自分のほうから申し出て来たので、（頼朝様は）嬉しく感じられて、彼の所領では、租税以外の雑税や労働奉仕を免除するように命令を出してくれましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　　えし　しもふさごんのかみためひさ　きらく　　　　　おんうま　〔くら　　　お　　〕　　いげ　はなむけもの　たま　　　　うんぬん
元暦元年(1184)八月大十九日乙亥。繪師　下総權守爲久�@歸洛す。御馬〔鞍を置く〕已下の餞物を賜はると云々。

参考�@下総權守爲久は、藤原爲久で、宅間爲久とも云い、絵描きの名人で後に報国寺の谷に住んだのであの谷を宅間谷（たくまがやつ）と云う。

現代語元暦元年(1184)八月大十九日乙亥。京都から来ている絵描きの下総権守為久が京都へ帰ります。（頼朝様は）馬「鞍置き」を始めとした餞別をお与えになりましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　あきのすけひろもと　　ずりょう　　　こと
元暦元年(1184)八月大廿日丙子。安藝介廣元が受領の事、

かもんのかみ　あべのすえひろあそん　〔きそ　　いの　　　　し　　うんぬん　〕　　　かんしょく　ていはいされ　べ　　こと　　　いじょう　りょうじょう　　きょうと　　もうされ　　　　うんぬん
掃部頭　安倍季弘朝臣〔木曾が祈りの師と云々〕の官軄を停廢被る可き事、已上の兩條、京都へ申被ると云々。

現代語元暦元年(1184)八月大二十日丙子。頼朝様は、大江安藝介広元が、京都朝廷から受けている国司職と、掃部頭安倍季弘朝臣〔木曽冠者義仲の祈祷師だそうだ〕を止めさせることの、二つの話を京都朝廷へ申し入れられたんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　　くもんじょ　　しんぞうさる　　　　きょうりっちゅうじょうとう　　だいぶさかんにゅうどう〔やすのぶ〕　かぞえのじょう〔ゆきまさ〕らぶぎょうなり

元暦元年(1184)八月大廿四日庚辰。公文所�@を新造被る。今日立柱上棟。大夫属入道〔康信〕・主計允〔行政〕等奉行也。

参考�@公文所は、公文書を扱う事務所で、後に上部に政所が設置される。

現代語元暦元年(1184)八月大二十四日庚辰。頼朝様は、公文所を新しく作られます。今日建前祝いででした。大夫属入道〔三善康信〕と主計允〔藤原行政〕等が式担当をしました。

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　　げんていい　　〔よしつね〕　ひきゃくさんちゃく
元暦元年(1184)八月大廿六日壬午。源廷尉�@〔義經〕が飛脚參着す。

さんぬ　とおか　　のぶかね　しそく　さえもんのじょうかねひら　　じろうのぶひら　　さぶろうかねときら　　　まね　　　　すくろ　　をい　　これ　　ちうりく
去る十日、信兼が子息左衛門尉兼衡、　次郎信衡、三郎兼時等を招き、宿廬に於て之を誅戮す。

おな　　　じういちにち　　のぶかね　　げかん　せんじ　　くだされ　　　うんぬん
同じき十一日、信兼、解官の宣旨を下被ると云々。

参考�@廷尉は、検非違使で左衛門少尉を兼務している者の名で、検非違使の官職名は判官。
参考�A信兼は、関信兼で、平氏一族。

現代語元暦元年(1184)八月大二十六日壬午。源九郎義経様の伝令が着きました。先日の十日に和泉守信兼の子供の左衛門尉兼衡・次郎信衡・三郎兼時を呼び寄せて、宿舎内でこれを殺しました。翌日の十一日に和泉守信兼は役職を解かれましたとさ。

参考源九郎義經は三人の隠れ場所を知っていたことになる。又、三人は呼ばれて、何故のこのこと殺されに出てきているのか？

読下し　　　　　　　　　　　　       　　　　しんぞう　　くもんじょ　　もん　　たてられ
元暦元年(1184)八月大廿八日甲申。新造の公文所に門を立被る。

あきのすけ　　たいふさかんにゅうどう　あだちのうまのじょう　ちくぜんのさぶろうらさんしゅう　　おおばのへいたかげよし　けいえい　　　さけを　こ　　　しゅう　　すす
安藝介、大夫属入道、足立右馬允、筑前三郎等　參集す。大庭平太景能が經營し、酒於此の衆に勸める。

現代語元暦元年(1184)八月大二十八日甲申。新建築中の公文所に門を立てられました。安芸介大江広元、大夫属入道三善善信、足立右馬允遠元、筑前三郎孝尚達が立ち会いました。大庭平太景能が主催をして酒をこの人達に勧めました。

九月へ

吾妻鏡入門第三巻