吾妻鏡入門第十六巻

正治元年(1199)己未七月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　らいう　　　きょう　　　ひめぎみ　おんぶつじ　　ふんぼどう　　をい　　これ　 しゅう　らる　　　　あまみだいどころ　とぎょ
正治元年七月(1199)大六日丙申。雷雨�@、今日、姫君の御佛事を墳墓堂に於て之を修せ被る。尼御臺所渡御す。

　どうし　　　　さいしょうあじゃりそんぎょう　　うんぬん
導師は、宰相阿闍梨尊暁と云々。

参考�@雷雨は、皆・特に母親の政子の悲しみを象徴している。

現代語正治元年(1199)七月大六日丙申。雷が鳴って雨が降っています。今日、乙姫の初七日の法事を亀谷のお墓のお堂で行いました。尼御台所政子様も出席しました。あの世へと導いて行く坊主の役目は尊暁ですとの事でした。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　ばん　　およ　　　みかわのくに　ひきゃくさん　 もう　　　　い
正治元年(1199)七月大十日庚子。�ﾘ。晩に及び、參河國の飛脚參じ申して云はく。

むろのへいしろうしげひろ　　そこばく　ごうせっとうにんら　　ひき　　　　とうごく　　うまや　をい　　これ ぶい　　 ふる　　　　ぼうけい　 めぐ　　　 のかん
室平四郎重廣�@、若干の強竊盜人等を率い、當國の驛に於て之武威を振い、謀計を廻らす之間、

　ろじ おうはん　　しょみんこれ　 ため　 わずら　ついえあ　　　　　ちばつ　　 くは　　られず　　 ば　　くにちうせいひつ　がた　　　 うんぬん
路次往反の庶民之が爲に煩い費有り。治罸を加へ被不ん者、國中靜謐し難しと云々。

参考�@室平四郎重廣は、旧渥美郡牟呂村で、愛知県豊橋市牟呂町らしい。

現代語正治元年(1199)七月大十日庚子。晴れです。晩になって、三河国の伝令が来て申し上げるのには、室平四郎重広が沢山の強盗や盗人を連れて、三河国の宿駅で暴力をふるい、はかりごとをめぐらすので、道路を行き来する庶民が困っており、余分な出費を強いられています。罰を加えて押さえつけないと、国中が静かにおさまらないんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　あだちのいやくろうかげもり　しせつ　 な　　 みかわのくに　しんぱつ　　 しげひろの　おうぼう　きゅうだん　　　ためなり
正治元年(1199)七月大十六日丙午。晴。安達弥九郎景盛使節と爲し參河國へ進發す。重廣之横法を糺断せん爲也。

かげもりひごろしきり　　もっ　　しせつ　　　　こじ
景盛日來頻に以て使節を固辭す。

これ　　も　さんぬ　　はるのころきょうとよ　　　まね　　くだ　ところ　　こうじょ　　へんし　　べつり　　 うれ　　 のゆえか　　 うんぬん
是、若し去る春之比京都自り招き下す所の好女と片時の別離を愁う之故歟と云々。

しか　　　みかわのくに　　すで　 ちち　 ぶぎょう　 くにたるのうえは　とんぴに　ところな　　のむね　　 そ　　　　さた　あ　　　　 つい　 もっ　　かどで　　　　うんぬん
而るに參河國、已に父が奉行の國爲之上者遁避干所無き之旨、其の沙汰有り。遂に以て首途すと云々。

現代語正治元年(1199)七月大十六日丙午。晴です。安達弥九郎景盛が将軍代理として三河国へ出発します。室重広の横暴を問いただすためです。安達景盛は、この派遣員を辞退していました。これは、ひょっとするとこの春に京都から呼び下した大好きな妾と一時も離れていたくないからなのだろうなんだとさ。それでも、三河国は、父が管理していた国なので、逃げ出すわけには行かないだろうと、命令が出ました。仕方がないのでやっと出発しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　さるのこくいご らいめい　 はなは あめ　　しんこう　 およ　つきあか
正治元年(1199)七月大廿日庚戌。申尅以後雷鳴、甚だ雨。深更に及び月明り。

ぎょうしょうのご　 いた　　　　ちうじょうけなかののごろうよしなり　　つか　　　　　　みだ　　　 かげもり　　しょうじょ　 め　　　　　おがさわらのいやたろう　 たく　 てん
曉鐘之期に至り、中將家中野五郎能成�@を遣はし、猥りに景盛の妾女を召し、小笠原弥太郎の宅を點じ、

これ　 い　お　かれ　　　　ごちょうあいこと　 もっ　　はなは　　　うんぬん
之を居置被る。御寵愛殊に以て甚しと云々。

これ　　ひごろ いろ　 おも　　　　の　おんこころざし　きん　　がた　　　　よっ　　　　おんしょ　　つう　 られ　　おんし　　おうふくすうど　　およ　　　　いへど
是、日來色を重んず之　御志　を禁じ難しに依て、御書を通ぜ被、御使の往復數度に及ぶと雖も、

あえ　　もっ　　だく　　もう　　ざるのかん　　かく　　ごと　　　　うんぬん
敢て以て諾し申さ不之間、此の如しと云々。

参考�@中野五郎能成は、北信濃中野郷で現長野県中野市中野。

現代語正治元年(1199)七月大二十日庚戌。午後四時頃以後に雷がなって大雨でした。夜も遅くなって月が出てきました。明け方の鐘のなる頃になって、中将頼家様は中野五郎能成を行かせて、無理やりに安達景盛の妾を連れ出して、小笠原弥太郎長経の家を指定してこの妾を囲ってしまい、その可愛がり方は異常なほど激しいものでした。これは、普段から色好みな性格を抑えられなくて、何度も艶文を出して、その使いが何度も通いましたが、一向に良い返事がなかったので、このような力ずくでの行為に走ってしまったんだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　せんとう　　 おんしさえもんのしょうじょうのぶすえげこう　　　これ　ひめぎみせんげ　 こと　 とぶら　おお　 らる　　　　よっ　 なり
正治元年(1199)七月廿三日癸丑。晴。仙洞の御使左衛門少尉信季下向す。是、姫君遷化の事を訪ひ仰せ被るに依て也。

現代語正治元年(1199)七月大二十三日癸丑。晴れです。京都朝廷の使いの左衛門少尉信季が鎌倉へ来ました。これは乙姫の死を弔問のためです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　くもり　　のぶすえきらく　　　　あまみだいどころゆきみつ　もっ　つかい　な　　　　　さきんさんじうりょう　　つか　　さる
正治元年(1199)七月大廿五日乙夘。陰。信季歸洛す。尼御臺所行光を以て使と爲し、沙金卅兩を遣は被る。

うりん　また　りゅうていごひき　　たま　　　　　　ひきのさぶろうおんし　　な　　　　うんぬん
羽林又、龍蹄五疋を賜はる。比企三郎御使を爲すと云々。

現代語正治元年(1199)七月大二十五日乙卯。京都朝廷の使いの左衛門少尉信季が京都へ帰ります。尼御台所政子様は、二階堂行光を使いとして砂金三十両を与えられました。頼家様も同様に立派な馬を五頭与えました。比企三郎が使いをしましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 はなは　あめ　かみなりひとこえ　ばん　 およ　 はれ　しょく
正治元年(1199)七月大廿六日丙辰。甚だ雨。 雷一聲。 晩に及び�ﾘに属す。

 よ　　　い　　　　　くだん　こうじょ　〔かげもり　めかけ〕　を　きたむき　　ごしょ　　〔いしのつぼ　きたかた　　　あ　　　なり　〕　　　め　　　　　いまよ　　　　いご　　　こ　　　ところ　そうら　べ　　　　　うんぬん
夜に入り、件の好女〔景盛が妾〕於北向の御所〔石壷の北方に在る也〕へ召し、今自り以後、此の所に候う可きと云々。

これ　　ごちょうあいはなは　　　 ゆえなり
是、御寵愛甚だしの故也。

また　　おがわさわらのいやたろうさがつね　　ひきのさぶろう　　わだのさぶろうとももり　　なかののごろうよしなり　　ほそののしろう　　いじょうごにんのほか
又、 小笠原弥太郎長經、 比企三郎、和田三郎朝盛、中野五郎能成、細野四郎、已上五人之外、

とうしょ　　まい　　べからずのよし　　さだ　　らる　　　　うんぬん
當所へ參る不可之由、定め被ると云々。

現代語正治元年(1199)七月大二十六日丙辰。大雨です。雷が一発鳴りました。夜になって晴れてきました。頼家は夜になって、例の大好きな彼女〔安達景盛の妾〕を御所の北側の建物〔石を配した中庭の北にあります〕へ呼びつけて、今からはここに居る様にしました。それはいとおしくて仕方がないのでそばに置いておきたいからです。又、小笠原弥太郎長経、比企三郎、和田三郎朝盛、中野五郎能成、細野四郎の以上五人のほかは、この建物へ来てはいけないと決めてしまいましたとさ。

八月へ

吾妻鏡入門第十六巻