吾妻鏡入門第十六巻

正治二年(1200)庚申四月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 はれ　 かぜはげ　　ささきのさえもんのじょうひろつな　　ひきゃくきょうとよ　　　さんちゃく　　　もう　　　　い
正治二年(1200)四月小八日癸巳。�ﾘ。風烈し。佐々木左衛門尉廣綱が飛脚京都自り參着し、申して云はく。

さんぬ　つきにじうくにち　はくちう　　ろくじょうまでのこうじ　　をい　　　　わかさのぜんじやすすえ　　 かもんのにゅうどう　ろうとうら　 よしだうまのじょうちかきよのつま　　おか
去る月廿九日の白晝、六條万里小路に於て、若狹前司保季が、掃部入道が郎等の吉田右馬允親�C之妻を犯す。

ちかきよ　　ろくはら　よ　　　かえ　 のところ　　こ　　　こと あ
親�Cが六波羅自り歸る之處、此の事有り。

すなは　　たち　　　と　　　これ　 お　　　　ろくじょうみなみ　までのこうじにし　　 くじょうつら　 ひらもん　のうちに　はい　 これ　　き　　　ふ
即ち太刀を取り之を追い、六條南、万里小路西、九條面の平門�@之内于入り之を斬り伏せる。

　そ　　ご　　　か　　おとこ　　　　　　ひろつなのもと　　きた　　　　 しか　　　せっつのごんのかみにゅうどう　ごう　　ものはし　　きた
其の後、彼の男（親�C）廣綱之許へ來る。而るに 攝津權守入道 と号す者奔り來り。

ぼうはい　　しょう　う　　　と　　　のところ　　し　　ちょう　 めし　 よっ　　　　ていい　　 ほう　　わた　　　　　　ほっ　　　　のかん　　しゅんめ　 さく　　　　ちくてん　をはんぬ
傍輩と稱し請け取る之處、使の廳の召に依て、廷尉の方に渡さんと欲する之間、駿馬を策して逐電し畢。

よっ　　そ　　　ぜんと　　たず　　　　のとき　　せっつのごんのかみ またいくえしらず
仍て其の前途を尋ねる之刻、 攝津權守 又行方知不。

やすすえ　ちち しょうにゅうどうだれそれ　　うっ　　もう　　　　つ　　　　　しきり　　そ　　めしあ
保季の父 少輔入道ゝゝ、 訴へ申すに就き、頻に其の召有り。

さだ　　　　とうごく　　のが　　くだ　　　　か　のよし　　すいさつ　 めぐ　　　　　　かね　　もっ　　ごんじょう　　　うんぬん
定めて東國へ遁れ下らん歟之由、推察を廻らし、兼て以て言上すと云々。

こ　　 やすすえ　　ようがんかれい　はんあんじん　ことならず
此の保季、容顏花麗、潘安仁�Aに異不。

ざんさつさる　　のとき　　わづか　きせし　　ところのこそで　　くびへん　　か　　　　そ　　　み　　あらは　　　 み 　　ものかき　　ごと　　　　みな ひるい　ぬぐ　　　 うんぬん
斬殺被る之時、僅に着令む所之小袖を頚邊に襷け、其の身を顯す。觀る者堵の如し。皆悲涙を拭うと云々。

参考�@平門は、二本の柱の上に平たい屋根を乗せた門。
参考�A潘安仁は、晋(三世紀)の詩人潘岳(はんがく)、字(あざな)は安仁のことである。南北朝時代の宋の劉義慶『世説新語』容止第十四に、潘岳に関する短い話が二つ載っている。いずれも潘岳の美男ぶりを伝えるものである。

現代語正治二年(1200)四月小八日癸巳。晴れですが強風です。佐々木左衛門尉広綱の伝令が京都から着いて、申しあげるのには、先月の二十九日の真昼間に、六条万里小路で前若狭守保季が掃部入道中原親能の部下の吉田右馬允親清の妻を犯しました。
親清が六波羅事務所から家へ帰るとこの騒ぎでした。すぐに大刀を持ってこれを追いかけて、六条の南・万里小路の西の九条表の平門の内へ入り、保季を切り殺してしまいました。その後、親清は佐々木広綱の所へ自首してきました。
それなのに、摂津権守入道と名乗る者が走って来て、仲間だと云って預ろうとしていたら、そこへ京都警察の検非違使からの要求があったので、検非違使の役人に渡そうとしたら、馬に飛び乗って逃げてしましました。行き先を聞こうすると摂津権守入道も逃げて行方が分かりません。保季の父の中務少輔定長が朝廷へ訴えたので、やたらと朝廷から呼び出されます。もしかしたら関東へ逃げたのではないかと思い、前もって知らせてきたんだとさ。

この保季は、中々の美男で、晋の潘岳安仁に負けていません。切り殺された時に、来ていた小袖を首から下にかけて、その顔を出してありました。見物の連中が垣根のように沢山集まり、皆綺麗な死に顔に涙しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ほうじょうどの　さんぬ　ついたち　とおとうみのかみ　にん　　　　じゅごいげ　　　じょ　　たま
正治二年(1200)四月小九日甲午。北條殿。去る 一日　遠江守に 任ず。從五位下に敍し給ふ。

か　　　じしょ　きょう　とうらい　　　　　うんぬん
彼の除書今日到來すと云々。

現代語正治二年(1200)四月小九日甲午。北条時政殿が、先日の一日に遠江守に任命され、従五位下を与えられました。その辞令が今日、届きましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はなは　あめ　 れんじつあめふ　　　かえっ　えんかんのきざしたり　うんぬん
正治二年(1200)四月小十日乙未。甚だ雨。連日雨降る。還て炎旱之瑞爲と云々。

 きょう　　　かもんのかみ　ひろもとあそん　えまどの　　もう　　おく　　　　い
今日、掃部頭・廣元朝臣 江馬殿に申し送りて云はく。

さんぬ　つき　わかさのぜんじやすすえ　　　せつがいせし　　のおとこ　　て　　　つか　　　　きた
去る月　若狹前司保季　を殺害令む之男、手を束ねて來る。

なにようたるべ　　　や　　　ごいけん　　したが　ひろうすべ　　　　うんぬん　　ごへんじ　　　い　　　　　　　ぜひ　　　つ　　　ひろうさる　　べ　　　　　うんぬん
何樣爲可き哉。御意見に隨い披露可しと云々。御返事に云はく。是非に付き披露被る可しと云々。

 えまのたろうぬし おお　 られ　い
江馬太郎主仰せ被て云はく。

ろうじゅうたるみ　　　　しょいんぐうしょうでん　もの　 せつがい　　ぶし　　 をい　　また　さ　　　　ほんい　　あらず
郎從爲身で、諸院宮昇殿の者を殺害。武士に於て又指せる本意に非。

はくちう　　しょぎょう　　ざいかおも　　や　　じき　　し　　　ちょう　めししん　　　 ちうさる　　べ　　　ものか　　うんぬん
白晝の所行、罪科重き哉。直に使の廳に召進じ、誅被る可き者歟と云々。

しゅぐう　こ　　こと　　き　　　　　かんたんらくるい　およ　　　　うんぬん
守宮此の事を聞き、感嘆落涙に及ぶと云々。

現代語正治二年(1200)四月小十日乙未。大雨です。このところ連日の雨です。今時分にこうも降っては、夏は日照りになる前触れかもしれません。今日、掃部頭中原親能・大江広元が江間殿北条義時に言葉を伝えて言うのには、「先月、前若狭守保季を殺害した男が自首してきたので、どうしたらよいのか、ご意見に従って将軍にお話ししますので。」とのことでした。
義時様のご返事は「是か非かどっちかに決めて戴きたいと伝えてください」とのことでした。
そばに居た江間太郎泰時殿が仰せられるのには、
「単なる又者の部下の身でありながら、京都朝廷の院へ昇られる殿上人の貴族を殺害するなんて、武士にとって本来の自慢になることではない。まして白昼の乱暴な行為は、重罪にあたる。すぐに検非違使の庁へ身柄を渡して、死罪にするべきであろう。」とのことです。
守宮大江広元はこのことを伝え聞いて、朝廷への礼儀を知っていると感激して涙をこぼしたそうです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ひろもとあそん　か　　 ちかきよの ざいめい　 もう　　　 ぜんしん　　ごと　　　　　さた　あ
正治二年(1200)四月小十一日丙申。廣元朝臣彼の親�C之罪名を申す。善信の如きに沙汰有り。

こうじん　　な　　　さんこうせし　　のうえは　　　しばら　これ　 めしお　　　　 こと　　よしを　し　　ちょう　　あいふれられ
降人と爲し參向令む之上者、暫く之を召置く。事の由於使の廳に相觸被る。

そ　　　らっきょ　あ　　べ　　　のよし　　さだ　　らる　　　　うんぬん　　よっ　　きょう　　　ひろつな　 ししゃ　きらく
其の落居有る可し之由、定め被ると云々。仍て今日、廣綱が使者歸洛す。

現代語正治二年(1200)四月小十一日丙申。大江広元は、例の親清の罪状を云い、大夫属入道三善善信達に審議をはかりました。自首してきたのだから、しばらく留置しておきます。事件の経過を検非違使に伝えれば、その判断をしてくるでしょうと、決定しましたとさ。そこで、佐々木広綱の伝令は、京都へ戻っていきました。

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