吾妻鏡入門第十六巻

正治二年(1200)庚申九月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　かいせい　　うりん　こつぼ　　かいへん　 れきらんせし　 たま　　　こさかのたろう　　ながえのしろうら　 ごだしゅう　　 もう
正治二年(1200)九月大二日乙夘。快�ﾘ。羽林小壷の海邊を歴覽令め給ふ。小坂太郎�@、長江四郎�A等御駄餉を儲く。

れい　　かさがけあ　　　 ゆうきのしちろうともみつ　おがさわらのあわのいやたろう　　うんののこたろうゆきうじ　　いちかわのしろうよしたね　わだのひょうのじょうつねもりら　そ　　　いて　たり
例の笠懸有り。結城七郎朝光、小笠原阿波弥太郎、海野小太郎幸氏、市河四郎義胤、和田兵衛尉常盛等 其の射手爲。

つい　かいじょう　ふね　およお　はいしゅ　けん
次で海上に船を粧い盃酒を献ず。

しか　　　　あさいなのさぶろうよしひで　 すいれんのきこ　　あ　　　　　こ　　ついで　もっ　　そ　　　げい　　あらは　べ　　のよし　　ごめい　あ
而して朝夷名三郎義秀、水練之聞へ有り。此の次を以て其の藝を顯す可し之由、御命有り。

よしひで じ　　もう　　　　あたはず　すなは　ふねよ　　 お　　　　かいじょう　うか　　　　おうかんすうちょう　　けく　なみそこ　い　　　　しばら　みえず
義秀辞し申すに不能。則ち船自り下り、海上に浮ぶ。往還數丁。結句波底に入り、暫く不見。

しょにんあやし　な　 のところ　　いきざめさんこう　ひっさ　　 おんふねのまえにふじょう　　　　まんざ　かん　　ず　　　な
諸人恠み成す之處、生鮫三喉を提げ、御船之前于浮上す。滿座感ぜ不は莫し。

うりん　きょう　　　　 ごきよう　の りゅうてい　〔めいば　　しょにんきそ　　　のぞ　　な　　　　〕　　　 もっ　　よしひで　 たま　　　のところ　　よしひで　あにつねもりもう　　　　い
羽林今日の御騎用之龍蹄〔名馬で諸人竸い望み爲す〕を以て義秀に給はる之處、義秀が兄常盛申して云はく。

すいれんは よしひで　およ　 ず　 いへど　　　すまい　 　をい　 は　ちょうけいのしるしあ　べ
水練者義秀に覃ば不と雖も、相撲に於て者長兄之驗有る可し。

おんうまを きょうだいのなか　おい　　　　すまい　　み　　　ののち　　しょうぶ　　つ　　　これ　　くださる　　べ　　　　 うんぬん
御馬於兄弟之中に置て、相撲を覽る之後、勝負に就き之を下被る可しと云々。

うりん　ごにゅうきょう　 おんふねを きし　　つ　　　　こさかのたろう　　　まえにわ　 をい　　　　これ　 めしけっ　　らる
羽林御入興。御船於岸に着け、小坂太郎の前庭に於て、之を召决せ被る。

ふたりとも　いしょう　 と　　　たちむか　　　　そ　　せいしょく　りきし　　こと　　　　ず　　しょうれつにたいような　　　おのおの　　　とりあ　　 すうはん　 およ
二人共衣裝を解き立向う。其の勢色力士に異なら不。勝劣于對揚無し。各　の取合い數反に及ぶ。

 かく　 かん た　　ところのちすこぶ　しんどう　　ごと　　　　ひともっ　　そうかん　　な　　　　　よしひでしきり　しょうぶ　 この　　　　つねもりいささ　しふく の　け あ
此の間立つ所之地頗る震動の如し。人以て壯觀を爲す。義秀頻に勝負を好む。常盛聊か雌伏之氣有り。

ここ　　えまどの　かんきょう　あま　　　　ざ　　　た　　　りょうにんのかなにへだ　　たたれ
爰に江馬殿感興の餘り�B、座を起ち兩人之中于隔て立被る。

ときに つねもりちゃくい　およばず　はだか て くだん　うま　　の　　　　 むち　 あ　　　ちくてん
時于常盛着衣に不及、裸に兮件の馬に乘り。鞭を揚げ逐電す。

よしひで　こうかいせんばん　 み　 ものみな あぎと　　と
義秀、後悔千万。觀る者皆 頤 を解く。

か　　うまおうしゅういち　　めいばなり　　ひろもとあそん これ　けん　　　つねもりひごろひら　　しょもう　　 な　　　　いへど　　　くだされざる　 うんぬん
彼の馬奥州一の名馬也。廣元朝臣之を献ず。常盛日來平に所望を成すと雖も、下被不と云々。

へいしょくのかん　かまくら　 かんご
秉燭之間、鎌倉に還御す。

参考�@小坂太郎(光朝)は、神奈川県逗子市小坪の小坂神社が屋敷跡と言う。
参考�A長江四郎(明義)は、神奈川県三浦郡葉山町長柄に屋敷跡あり。
参考�B感興の餘りは、感慨に酔ったふりをして、遺恨が残らないように。

現代語正治二年(1200)九月大二日乙卯。快晴です。中将頼家様は、小坪の海辺を散策なされました。小坂太郎光朝と長江四郎明義がお弁当を用意しました。いつもの笠懸がありました。結城七郎朝光・小笠原阿波弥太郎・海野小太郎幸氏・市川四郎義胤・和田兵衛尉常盛などがその射手を勤めました。

それから、海上に飾り船を用意してお酒をふるまいました。そんな時に、朝夷名三郎義秀は水泳の名人と聞いているので、この際、その腕を披露するようにお命じになられました。義秀は断り切れずに、すぐに船から海へ飛び込み海上に顔を出し、数町(数百メートル)も往復して見せ、あげくに波間に潜って見せ、しばらく出てきません。皆がどうしちまったのかと、安否を疑いだしたとたんに生きたサメ三匹をひっつかまえて浮かんできました。みんな「やんや」の喝采でした。

中将頼家様は、今日乗ってきた見事な馬〔名馬なので皆欲しがっていた〕を褒美として義秀に与えることにしたら、兄の和田新左衛門尉常盛が申しあげました。「水泳では朝夷名三郎義秀にかなわないが、相撲なら兄として年長の腕を持っていますよ。褒美の馬を兄弟の前において、相撲を見たうえで勝負に勝った方に与えるのはどうでしょうか。」だとさ。

頼家様は面白がって、船を岸に付け、小坂太郎光朝の屋敷の前庭に呼んで勝負を命じました。二人とも衣装を脱いで立ち向かいました。その勢いは力士と変わりません。五分五分で中々勝負がつきません。その取り組みは何度にもおよび、大地も揺さぶられるようでした。見る人は壮観に感じました。義秀が優位に立ち、常盛は多少追い込まれている気配です。そしたら江間北条義時殿が、雰囲気に酔ったふりをして遺恨が残らないように、席を立ち二人の間に割って入って勝負を預かりました。なんと常盛は着物を着ないで裸のまま、褒美の馬に飛び乗り、鞭打ってトンずらしてしまいました。朝夷名三郎義秀の悔しさたるや地団駄を踏みましたので、見ている人は皆大笑いでした。その馬は、奥州東北地方一番の名馬なのです。大江広元が献上した馬です。常盛は普段から欲しがってねだっていましたが、与えられませんでしたとさ。

灯りを灯す時間になって、鎌倉へお帰りになりました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つるがおかしんじなり　　うりん　ごさんぐうな　　　　　えまのたろうぬし ほうへい　　おんし　　な
正治二年(1200)九月大九日壬戌。鶴岡神事也。羽林御參宮無し。江馬太郎主奉幣の御使を爲す。

現代語正治二年(1200)九月大九日壬戌。鶴岡八幡宮の重陽の節句の神事です。中将頼家様のお参りは無です。江間太郎泰時様が代参です。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　あだちのげんざちかなが　　やましろのさぶろうゆきむらら　ひごろ しょもう　　 かんと　　 こと
正治二年(1200)九月大廿五日戊寅。安達源三親長、 山城三郎行村等、 日來所望の官途の事、

よっ　ゆげいのじょう　 あ　　もうさる　　ところなり
仍て靭負尉�@に擧げ申被る所也。

参考�@靭負尉は、靭負(ゆげい)が近衛・兵衛・衛門の武官の総称。尉は、督(かみ)佐(すけ)尉(じょう)志(さかん)の三等官。

現代語正治二年(1200)九月大二十五日戊寅。安達源三親長と山城三郎二階堂行村が、普段から希望している官職については、近衛の三等官の靫負尉(ゆげいのじょう)を推薦することにしました。

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