承元々年丁卯(1207)十二月小
承元々年(1207)十二月小一日壬寅。爲將軍家御祈。於鶴岳宮。一日中轉讀大般若經。供僧廿五人奉仕之。御布施口別上絹一疋也。民部大夫行光沙汰之。右京進仲業爲奉行。 |
読下し
しょうぐんけ おいのり
ため つるがおかぐう をい いちにちじう だいはんにゃきょう てんどく
ぐそう にじうごにんこれ ほうし
承元々年(1207)十二月小一日壬寅。將軍家の御祈の爲、鶴岳宮に於て、一日中の大般若經を轉讀す。供僧廿五人之を奉仕す。
おんふせ くべつ じょうけんいっぴきなり みんぶのたいふゆきみつ
これ さた うきょうのしんなかなり
ぶぎょうたり
御布施は口別に上絹一疋也。 民部大夫行光 之を沙汰す。右京進仲業
奉行爲。
現代語承元々年(1207)十二月小一日壬寅。将軍実朝様のお祈りのために、鶴岡八幡宮で一日中続ける大般若経の略読みを、同宮の坊さん五人が勤めました。お布施は、一人づつに上等の絹織物一匹(二反分)です。二階堂民部大夫行光が次第を決めて、右京進仲業が担当しました。
承元々年(1207)十二月小三日甲辰。沍陰。白雪飛散。今日御所御酒宴。相州。大官令等被候。其間。鷺一羽入進物所。次集于寢殿之上。良久將軍家依恠思食。可射留件鳥之由。被仰出之處。折節可然射手不候御所中。相州被申云。吾妻四郎助光爲愁申蒙御氣色事。當時在御所近邊歟。可被召之云々。仍被遣御使之間。助光顚衣參上。挾引目。自階隱之蔭窺寄兮發矢。彼矢不中于鳥之樣雖見之。鷺忽騒墜于庭上。助光進覽之。左眼血聊出。但非可死之疵。此箭羽〔鷹羽極強云々〕曳鳥之目兮融云々。助光兼以所相計無違也云々。乍生射留之。御感殊甚。如元可奉昵近之由。匪被仰出。所下給御釼也。 |
読下し
さ くも
しらゆき と ち きょう ごしょ ごしゅえん そうしゅう
だいかんれいら こう らる
承元々年(1207)十二月小三日甲辰。沍え陰る。白雪飛び散る。今日、御所の御酒宴。相州、大官令等
候じ被る。
そ
かん あおさぎいちわ しんもつどころ い
つぎ しんでんの うえに つど
其の間、鷺一羽
進物所に入る。次に寢殿之上于集う。
ややひさ しょうぐんけあや
おぼ め
よっ くだん とり いとどむべきのよし
おお い
さる のところ おりふししか べ いて ごしょちう そうらはず
良久しくして將軍家恠しく思し食すに依て、件の鳥を射留可之由、仰せ出だ被る之處、折節然る可き射手御所中に候不。
そうしゅう もうされ い あがつまのしろうすけみつ みけしき こうむ こと うれ もう ため
とうじ
ごしょ きんぺん あ か これ めされ べ うんぬん
相州、申被て云はく。
吾妻四郎助光
御氣色を蒙る事を愁い申さん爲、當時御所の近邊に在る歟。之を召被る可しと云々。
よっ おんし
つか
さる のかん すけみつ ころも さかさま さんじょう ひきめ たばさ
はしかくしのかげよ うかが よ
て や はな
仍て御使を遣は被る之間、助光、衣を顚にして@參上す。引目を挾み、階隱之蔭自り窺い寄り兮矢を發つ。
か や とりにあたらずのさま これ み いへど さぎ たちま ていじょうにさわ お すけみつこれ
しんらん ひだり め ち いささ い
彼の矢鳥于中不之樣に之見えると雖も、鷺、忽ち庭上于騒ぎ墜ちる。助光之を進覽す。左の眼に血聊か出づ。
ただ し べ
の きず あらず こ や はね 〔たかのは きは つよ うんぬん
〕
とりの め ひ て とお うんぬん
但し死す可き之疵に非。此の箭の羽〔鷹羽で極めて強しと云々〕鳥之目を曳き兮融ると云々。
すけみつ かね
もっ あいはか ところちが な なり うんぬん
いきなが これ いと ぎょかんこと
はなは
助光、兼て以て相計る所違い無き也と云々。生乍ら之を射留む。御感殊に甚だし。
もと ごと じっこんたてまつ べ のよし おお い さる あらず ぎょけん くだ たま ところなり
元の如く昵近
奉る可し之由、仰せ出だ被るのみに匪、御釼を下し給ふ所也。
参考@衣を顚にしては、あわてうろたえて。
現代語承元々年(1207)十二月小三日甲辰。とても寒い曇り空です。時々白雪が舞い散ります。今日、御所で酒飲み会があり、相州義時や大江広元がお付き合いしました。その間に、アオサギが一羽、進物を並べてある部屋に入ってきました。そのあと寝殿の上にとまっていました。しばらくして将軍実朝様は、「なんか不愉快な感じがするんで、あの鳥を誰か射てみないかなあ。」と言い出しましたが、その時御所の中には、それなりの腕のある射手がおりませんでした。そしたら、相州義時が言うには「吾妻四郎助光が、将軍のお怒りを嘆き訴えたいからと、今御所の近所におります。彼を呼びましょうか?」とのことでした。そこで、将軍の使いを行かせると、助光はあわててやってきました。鏃を外した引目の矢を指に挟み、濡れ縁の橋の階段の陰から様子を見ながら、矢を射ました。例の鳥には矢は当たらなかったように見えましたが、鷺は庭に落ちましたので、助光はこれを持って来て見せました。左の眼から血が少し出ています。但し、死ぬほどの傷ではありません。この矢の羽〔鷹の羽でとても強いのだそうです〕が、鳥の目をかすって行ったのだそうです。「助光が前もって考えていたことは間違いありません。」との事でした。生きたまま矢でこれを射たということで、とても感心をされました。「元の様におそば近くに仕えるように。」とおっしゃられたばかりか、剣を与えました。