吾妻鏡入門第十九巻

建暦元年辛未(1211)十一月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 はれ　 とらのこく 　たいはく　 ぼうじょうしょうせい　〔あいさ　　　　　ろくすんばか　　〕　　　 りょうはんのよし　　 してんら　これ　 もう
建暦元年(1211)十一月大一日己酉。�ﾘ。寅尅。太白�@、房上將星�A〔相去ること六寸許り〕を凌犯之由、司天等之を申す。

参考�@太白星は、金星。
参考�A房上将星は、さそり座ベータ星。参考の【２】

現代語建暦元年(1211)十一月大一日己酉。晴れです。寅の刻(午前四時頃)太白星(金星)が房上将星(さそり座ベータ星)〔離れているのが18cm程度〕の領域を犯していると、天文学の連中が云っております。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おがわのほういんちうかい　じょうらく
建暦元年(1211)十一月大二日庚戌。小川法印忠快�@、上洛す。

みんぶのじょうやすとし　ぶぎょう　 な　　　　　おんうまなら　　　　えきろ　　ざっしょうら　　つか　　さる　　　　うんぬん
民部丞康俊、奉行と爲し、御馬并びに驛路の雜掌等を遣は被ると云々。

参考�@小川忠快は、律師から法印に昇格している、台密小川流の祖。平教盛の子、丹波小河庄（現、京都府亀岡市千代川町小川）。後に鎌倉へ連れてこられて八幡宮寺の供僧となる。

現代語建暦元年(1211)十一月大二日庚戌。小川法印忠快が京都へ上ります。民部丞町野康俊が担当して、馬や宿場の手伝いを派遣しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　 とらのこく 　ようふくじ　　そうもんなら　　　　とうば　いっき　〔さきのむさしのかみよしのぶ　　こんりゅうなり〕　しょうぼう　　　 たしょ　　およばず
建暦元年(1211)十一月大三日辛亥。�ﾘ。寅尅。永福寺の惣門并びに塔婆一基〔前武藏守義信�@が建立也〕燒亡し、他所に及不。

いぬのこく　てんぺん　こと　 よっ　　　　ごしょ　　 をい　　たいざんふくん　　さいせいら　　まつり　おこな　らる
戌尅。天變の事に依て、御所に於て泰山符君�B、歳星�A等の祭を行は被る。

かとうほうがんみつかずこれ　　　さた　　　　せいとしょのじょうきよさだ ぶぎょう　　な
加藤判官光員之を沙汰し、 �C圖書允�C定 奉行を爲す。

参考�@前武藏守義信は、大内義信。17巻建仁2年(1202)3月14日条で、大内義信が亡妻の追善供養に多宝塔の開眼供養をしている。
参考�A歳星（サイセイ）は、木星。中国では、公転周期がほぼ12年であることから十二次を司る星として「歳星」と呼ばれた。

現代語建暦元年(1211)十一月大三日辛亥。晴れです。寅の刻(午前四時頃)永福寺の総門と塔婆(多宝塔)〔前武蔵守大内義信が建立した〕一基が燃えてしまい、他へは燃え移りませんでした。戌の刻(午後八時頃)一日の星周りの異変を鎮めるために、御所で泰山府君祭と歳星(木星)の祭りを催しました。判官加藤太光員がこれを指図して、図書允清原清定が担当しました。

説明�B泰山府君祭は、安倍晴明が創始した祭事で月ごと季節ごとに行う定期のものと、命に関わる出産、病気の安癒を願う臨時のものがあるという。「泰山府君」とは、中国の名山である五岳のひとつ東嶽泰山から名前をとった道教の神である。陰陽道では、冥府の神、人間の生死を司る神として崇拝されていた。延命長寿や消災、死んだ人間を生き帰らすこともできたという。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　よるあめや　　　あかつき　かぜさむ　　 さるのこく　 ぼうもんこうもん　　ししゃさんちゃく
建暦元年(1211)十一月大四日壬子。夜雨休む。曉は風寒し。申尅。坊門黄門が使者參着す。

これ　 ちょっかんのとき　 わざ　　せんし　　あず　　　　こと　　すなは　が　　　もう　　　べ　　　　いへど　　　ぎょうこう いげ　　くじ　れんめんのかん　　　ちち　　　　 うんぬん
是、勅勘之時、態と專使に預かる事、即ち賀し申す�@可きと雖も、行幸已下の公事連綿之間、遲々すと云々。

さんぬ　つきにじうににち ぎょうこう
去る月廿二日 行幸。

よ　　　い　　　　ぞうすざくもんだいこうくになが　いげ　　　ばんしょうら　しのちょう　たま
夜に入り。造朱雀門大工�A國永已下の番匠等を使廳へ給はる�B。

もと　　こくし なおふじつのこう　　おえず　　かりぶき　いとな　べ　　　のよし　ちょくじょうあ　　　　うんぬん
本の國司猶不日之功�Cを終、假葺を營む可き之由、勅定有りと云々。

これらのおもむき　 こうもん　しょじょう　　の　　られ　　ぜんしんこれ　 よ　　　もう
此等之趣、黄門が書状に載せ被、善信之を讀み申す。

これ　　つ　　　　 しょうぐんけ　　たず　 おお　 らる　　ことら あ　　　　　ぜんしんもう　　　　い
之に就き、將軍家、尋ね仰せ被る事等有り。善信申して云はく。

こ　　　もん　　まつよ　　そうおうせざるか　 そ　　　ゆえは　 みちのりにゅうどう だいだい　いとな　　 つみな　　　 て　ざんざい　 しょされ
此の門は末代�Dに相應不歟。其の故者、通憲入道 大内を營み、罪無くし兮斬罪に處被る。

じしょう　　たいぎょくでん　すざくもんしょうぼう　　　けんきゅうくねん　 わずか　か　　もん　 つく　　　ぞうえいのこくむにん　〔いちじょうにほんよしやす〕　　　ふし　そくじ　　 こうそつ
治承に大極殿、朱雀門燒亡�Eす。建久九年、僅に彼の門を造り、造營之國務人�F〔一條二品能保〕父子即時に薨卒す。

げんきゅう　ごきょうごくせっしょうどのがく　か　　せし　　たま　　　　おんみとんめつ　　　いままた　　ぞうえいじょうとうののち　やまいたちま　い　　かいもん　 いた
元久、後京極攝政殿額を書か令め給ひ、御身頓滅�Gす。今又、造營上棟之後、病忽ち愈え槐門�Hに至る兮。

ごけいのあいだ　またかんごのとき　　おんこしいま　　けんれいもん　　い　　　　　　　　　こ　　　もんてんとう
御禊之間、又還御之時、御輿未だ建礼門に入らざるに此の門顛倒す。

ぎ　　ぶんてい　りんこうにひ　　あた　　　 りきゅう　みなみもんこわ　　　うんぬん
魏の文帝�I臨幸之日に當り、離宮の南門壞ると云々。

参考�@賀し申すは、お礼を述べる。
参考�A造朱雀門大工は、朱雀門造営専門の技術官。
参考�B使廳へ給はるは、検非違使の庁へ派遣された。
参考�C不日之功は、日を置かずに大至急で工を。
参考�D末代は、末法思想。
参考�E治承に大極殿、朱雀門燒亡は、治承元年(1177)四月二十八日。
参考�F國務人は、丹波守の一条能保。息子は高能。一年の間は有る。
参考�G御身頓滅は、暗殺されたらしい。
参考�H槐門は、初期は太政大臣と左右大臣だが、後には左右大臣と内大臣。
参考�I魏文帝は、曹丕。字は子桓。曹操と卞夫人の子で､魏の文帝。二二六年正月､許昌巡幸の際に許昌城の南門が崩れ落ちるという事件があり､曹丕はそれを不吉と思い結局入城しなかった。

現代語建暦元年(1211)十一月大四日壬子。夜になって雨がやみました。明け方は風が寒い。
申の刻(午後四時頃)坊門中納言忠信さんの使いが到着しました。それは後鳥羽上皇からお怒りを受けた時に、わざわざそのための使者をお送りいただき、すぐにでもお礼を言わなくてはいけないのに、上皇の旅行など業務繁多のため遅れてしまいました。先月二十二日に上皇の熊野詣は済みました。夜になって、上皇は朱雀門造営専門の技術官の国永などの職人を檢非違使の庁へ派遣されました。本来の国司が近日の完成が出来なかったので、とりあえず屋根を仮葺きするように（瓦が間に合わない）と命令がありましたそうな。

これらの内容が中納言の手紙に書かれて、三善善信が読み上げました。朱雀門の事について将軍実朝様から質問がありました。三善善信が答えたのは「この門は、末法の今の世には不釣り合いです。その理由は、藤原通憲入道(信西)が政治を行っていたのに、罪もないのに惨殺の刑にされました。治承元年大極殿と朱雀門が燃えました。建久九年にやっと門だけを建てましたが、その造営の担当国丹波守(一条能保)親子がすぐさま亡くなりました。元久三年(1206)に、後京極摂政殿(九条良経)が門の名の額を書かれましたが、亡くなりました。今また、造営上棟がすんだら、坊門信清は病気はたちまち治って大臣になった。禊に行ったお帰りの時、まだ建礼門に入る前にこの門が倒れました。魏の文帝は巡幸の際に許昌城も門が崩れ落ちたそうな。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  　あまみだいどころ　ごがん　　な　　　　　こんどうやくしさんぞん　〔さんじゃく〕　ぞう　　くよう　さる
建暦元年(1211)十一月大十六日甲子。尼御臺所の御願と爲し、金銅藥師三尊〔三尺〕像を供養被る。

どうし　　えんにょぼうあじゃりへんようなり　　こ　　　ほんぞん　つるがおかじんぐうじ　　あんりさる　ところなり
導師は圓如房阿闍梨遍曜也。此の本尊、鶴岳神宮寺に安置被る所也。

現代語建暦元年(1211)十一月大十六日甲子。尼御台所政子様の願として、金仏の薬師三尊〔三尺〕像を開眼供養しました。指導僧は、円如坊阿闍梨遍曜です。この仏様は鶴岡八幡宮に安置しました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　しょうぐんけ　じょうかんせいよう　だんぎ　きょう そ　　　へん　　おえらる　　　　さんぬ　しちがつよっかこれ　はじ　 らる
建暦元年(1211)十一月大廿日戊辰。將軍家、貞觀政要�@談議、今日其の篇を終被る。去る七月四日之を始め被る。

参考�@貞觀政要は、唐の史官の呉兢が編成したとされる太宗の言行録。

現代語建暦元年(1211)十一月大二十日戊辰。将軍実朝様は、唐の太宗の言行録「貞観政要」の講義を受け、今日一遍が終わりました。これは七月四日から始めたのです。

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