吾妻鏡入門第二十巻

建暦二年壬申(1212)十月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　しんぞう　　どうしゃ　　み　　　ため　 しょうぐんけおおくら　わた　 たま　　　　そうしゅう いげ　　ひとびとおお　もっ　 こしょう
建暦二年(1212)十月大十一日癸未。新造の堂舎を覽る爲、將軍家大倉へ渡り御う。相州已下の人々多く以て扈從す。

きょう　　　はじ　　　 さんすい きせきら　　　　さた　　　およ　　　 こ　　　ところ　かわあ　　 やまあ
今日、始めて山水奇石等の沙汰に及ぶ。此の所に河有り山有り。

すいぼくとも　 そ　　　びん　 え　　　　　ちけいの しょうぜつ　 おそ　　　 せんしつ　 い　　　　 べ　　　か
水木共に其の便を得て、地形之勝絶、恐らく仙室と謂ひつ可き歟。

ぜんしんさんすい　　えず　　けん　わざわざ　きょうとよ　　　めしくだ　　　　うんぬん
善信山水の繪圖を献ず。態、京都自り召下すと云々。

こと　　ぎょかん　　あず　　ところなり　　こ　　 かん　　ぜんしん ごぜん　 をい　 もう　　　　い　　　　　　　さんぬ　けんきゅうくねんじうにがつのころ　　むそう　　い
殊に御感に預かる所也。此の間、善信御前に於て申して云はく。去る建久九年十二月之比、夢想に云はく。

ぜんしんせんくん　おんとも　 な　　　　 おおくらやまへん　おもむ　　 ここ　 いちろうおうあ　　　　　い
善信先君の御共を爲し、大倉山邊に赴く。爰に一老翁有りて云はく。

　こ　　ち　　　せいわ　　おんう　　ふんやのやすひで さがみのじょう　な　　す　　　　ところなり　　しょうじゃ　たて　 べ　　　　　われちんじゅ　な　　　　　　　ほっ　　　　うんぬん
此の地、�C和の御宇。 文屋康秀 相摸丞と爲し住まう所也。精舎を建る可し。我鎭守と爲らんと欲すと云々。

ゆめさむ　　ののち　　こ　　　よし　 じょうけい　　　ときに ばっかしょうぐんごびょうちうなり
夢覺る之後、此の由を上啓す。時于幕下將軍御病中也。

たちま　ごしんじん　　もよお　　　も　　　ごへいゆ　　　およ　　ば　　どうしゃぞうえいあ　　　べ　　　のよし　　おお　　らる　 のところ　　よくねんしょうがつ　こう　 たま
忽ち御信心を催し、若し御平喩に及ば者、堂舎造營有る可し之由、仰せ被る之處、翌年正月に薨じ御う。

はたされずのじょう　　ぐい　ひそか　うら　　　　な　　　　　しか　　　　　とうみよ　　　 じねん　　 ごがん　　よっ　　　　こ　　　そうそうあ　　　　しかしなが　 れいむの かん　 おう　 ところなり
果被不之條、愚意潜に恨みを爲す。而るに當御代の自然の御願に依て、此の草創有り。 併ら 靈夢之感じ應す所也。

けいだいのはんえいなり　うんぬん
境内之繁榮也と云々。

そう い
僧云はく。

うえ　　またせんねんむそうのつげあ　　　　 よっ　　　　いまこれ　 くはだ　 ところなり　　これ　　なん　　がったの ぎ　　あらずと
上も又先年夢想之告有るに依て、今之を企てる所也。是、何ぞ合躰之儀に非乎。

こきん　　　ことがき　　は　　　ふんやのやすひで みかわのじょう　な　　げこう　　　　　ほっ　　　　あがたみに　い　　 た　　　　　や　のよし　　 おののこまち　　ゆういん　　　　うんぬん
古今の事書に者、 文屋康秀 參河丞と爲し下向せんと欲す。縣見于出で立たん哉之由、小野小町を誘引すと云々。

か　　りょうにん　　とも　にんみょうのちょうにあ　　　　　せいわ　　おんう　　あた　　べ　　　　　いなや　　うんぬん
彼の兩人、共に仁明之朝于逢う。�C和の御宇に當る可きや否哉と云々。

ぜんしん い
善信云はく。

ゆめ　 なか　 こと　　まこと　 もっ　 じっしょう　 そな　 がた　　　 ただ　　ふる　　じしょ　　み　　　　　　　やすひでは　　がんぎょうさんねん ぬいのすけ　 にん　　　 か
夢の中の事、誠に以て實證に備へ難し。但し古き除書を見るに、康秀者、 元慶三年 縫殿助に任ずる歟。

しからば　 せいわちょう　 つか　　のじょう いぎ な　　　か　　さがみのじょう　こといま　 これ　 かんが　　　　 うんぬん
然者、�C和朝に仕う之條異儀無き歟。相摸丞の事未だ之を勘へずと云々。

しょうぐんけしきり　もっ　　ぎょかんあ　　　　　のりたか　 おお　　　　　　こ　　 ごもんどうのおもむき　 しるされ　 なり
將軍家頻に以て御感有り。範高に仰せて、此の御問答之趣を記被る也。

とうじ　　　えんぎ　　つくらる　　べ　　　　　　　こ　　　ゆめ　　しるし　もっ　　　　こと　　はじ　　　　な　　　べ　　　のむね　　ないない　 おお　 らる　　　　うんぬん
當寺の縁起を作被る可きは、此の夢の記を以て、事の初めと爲す可し之旨、内々に仰せ被ると云々。

現代語建暦二年(1212)十月大十一日癸未。新築のお堂や房を建てる場所を見るために、将軍実朝様は大倉へ出かけられました。相州義時以下多くの方がお供をしました。今日、初めて山水の風景や形の良い岩などが欲しいとお決めになられました。この場所には川があり山もある。水も木も揃っていて地形の良さも抜群なので仙人の住処とも云えそうです。三善善信が山水画を献上しました。わざわざ京都から取り寄せたそうです。特に喜ばれて褒められました。

そしたら、三善善信が将軍実朝様の前で云うのには「以前の建久九年(1198)十二月頃に夢を見ました。私善信めが先の頼朝様のお供をして、大倉山のあたりへ行きました。そこに一人の老人がおりまして云いました。『ここの土地は、清和天皇の時代(850-881)に文屋康秀が相模国府の三等官丞として住んでいた所です。お寺を建てなさい。私が守り神になろうと思います。』夢が覚めてから、頼朝様に報告をしました。その時頼朝様は御病気中でした。すぐに信仰心を興して、『若しも病気が治ったなら、お寺を建立しよう。』とおっしゃられましたが、翌年の正月に亡くなられました。希望がかなえられなかったことを、密かに私は残念に思っておりました。しかし、現在の将軍様の思いもよらぬ希望によって、この創建が有りますので、やはり霊感の感じる場所なのでしょうね。寺内の境内は繁栄することでしょう。」と、なんだとさ。

坊さんが云うには、「将軍実朝様も以前の夢のお告げがあったので、今これを計画してます。これは縁起が一致したに違いない。古今の書物には、文屋康秀が三河国府の三等官丞に任命されて現地へ赴こうとして、田舎を見に行きませんかと、小野小町を誘ったんだそうな。この二人は、両人共に仁明天皇(833-850)の御世に出会っている。清和天皇の時代に該当するのかなあ。」と云いました。

三善善信が答えて「夢の中の出来事なので、実際かどうかを立証することはできません。但し、古い人事措置を見ると、康秀は元慶三年(879)縫殿助に任命されたはずだ。とすると、清和天皇時代に仕えていたことは間違いありませんね。相模丞については、立証できませんがね。」とのことでした。

将軍実朝様は、これを聴いていてとても感激して、安芸権守範高に命じて、このやりとりを記録しておかれました。この寺の建立縁起を作るときは、この夢の話を建立の起源とするようにと、内々におっしゃられていました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　きょうと　　　ししゃさんちゃく　　　さんぬ　ようか かんいん　りっちゅうじょうとうのよし　　これ　　もう
建暦二年(1212)十月大十九日辛夘。京都の使者參着す。去る八日閑院の立柱上棟之由、之を申す。

現代語建暦二年(1212)十月大十九日辛卯。京都からの使いが着きました。先日の八日に天皇の新御所の建前祝いをしましたと、報告しました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　うまのこく　つるがおか　じょうぐうほうぜん　 はあり ひさん　　　 いくせんまん　 しらず
建暦二年(1212)十月大廿日壬辰。午尅、鶴岳の上宮寳前に羽蟻飛散す。幾千万を知不。

現代語建暦二年(1212)十月大二十日壬辰。鶴岡八幡宮の上の宮の神殿前に羽蟻が飛び回っています。幾千万か数えきれないほど沢山です。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ぶぎょうにんら を　かんとうごぶん　　くにぐに　　くだ　　つか
建暦二年(1212)十月大廿二日甲午。奉行人等於關東御分の國々に下し遣はす。

そ　　　くに　　をい　 みんしょ　　しゅうそ　 せいばいすべ　 のよし　　そ　　　 さた　あ　　　　　さん　 うった　の わずらひ　と　　 らる　　ためなり
其の國に於て民庶の愁訴を成敗可し之由、其の沙汰有り。參じ訴へ之 煩を止め被る爲也。

現代語建暦二年(1212)十月大二十二日甲午。幕府直轄の監督官を鎌倉幕府支配の国々へ派遣しました。その国内の民衆の訴えを裁くように、その裁断がありました。わざわざ鎌倉まで訴えに来る負担を止めるためです。

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