吾妻鏡入門第廿七巻  

安貞二年戊子(1228) (頼経11歳)

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安貞二年(1228)正月大 椀飯 時房・泰時・朝時の順 二所奉幣を三浦義村代參 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)二月小 八幡宮詣でに警固をつける 走湯山火災 朝光母死亡  読下し・現代語完了

安貞二年(1228)三月大 頼経初めて浜出犬追物を見る 御所に車宿を立てる   読下し・現代語完了

安貞二年(1228)四月小 地震 頼経森戸六浦へ遊覧 江ノ島詣 車宿上棟    読下し・現代語完了

安貞二年(1228)五月小 頼経馬場殿で競馬をご覧 竹御所不例 大地震 實雅死 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)六月大 森戸で遠笠懸 北の小庭で相撲 笠懸の負方の負担宴会 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)七月小 八雲神社から失火 頼経、三浦義村の田村山荘へ遊興  読下し・現代語完了

安貞二年(1228)八月大 頼経自分で新車の使用日を決め,放生会の供奉人を増やす 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)九月大 竹御所の畳の上に犬座り込む 頼経咳の病 七条院崩御 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)十月大 大風で侍所、中廊の門、竹御所の侍所ひっくり返り造作 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)十一月小 箱根神社再建決定 勝長寿院に鎮守を 馬場殿に御所 読下し・現代語完了

安貞二年(1228)十二月大 箱根社完成 馬場殿移動 由比火事 将軍雪見逍遥  読下し・現代語完了

寛喜元年(安貞三年)己丑(1229) 三月五日改元  (頼経12歳)

安貞三年(1229)正月大 椀飯は時房・泰時・朝時の順 三浦泰村妻(泰時娘)死産 読下し・現代語完了

安貞三年(1229)二月小 竹御所と泰時室(三浦氏)が三浦三崎へ義村の招待で逍遥 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)三月小 地震 頼経桜見物に永福寺へ 後藤基綱檢非違使拝領  読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)四月大 頼経三崎へ逍遥 走湯山權現の講堂、常行堂の上棟   読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)五月小 月食 御所の将軍座の畳に犬の糞 目増勝負に扇を賭ける  読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)六月小 若者弓の芸を披露 七違取止 四六三遠立 八的 三尺取止 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)七月大 御倉南に落雷 頼経の顔がはれる 政子の月忌一切経会 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)八月小 鶴岡放生会 頼経泰時に云われ二日とも出席 暴風稲枯 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)九月大 泰時娘夫三浦泰村と京都へ 森戸で弓箭 秘曲研修員派遣 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)十月大 長尾寺の坊さんの受戒に手形を出す 永福寺で蹴鞠和歌 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)十一月大 泰時三島へ 実朝追善の三重塔の材木富士から切出し 読下し・現代語完了

寛喜元年(1229)十二月小 世情の安泰を関東の一宮に祈り派遣 秘曲研修員交代 読下し・現代語完了

寛喜二年庚寅(1230) (頼経13歳)

寛喜二年(1230)正月大 垸飯他 泰時武藏國太田庄内の荒野を新開を示唆    読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)閏正月小 竹御所二所へ 大慈寺裏山崩れる 瀧口祗候を催促  読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)二月大 夜陰に甲冑の武士数百人騒動する泰時智恵を使い治める 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)三月小 重時六波羅探題へ 實泰小侍所別当に 頼経三崎へ遊覧 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)四月大 北条朝時の妻(大友能直女)死す 北条時氏京都から帰る 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)五月小 御所昼の座の剣衣盗まれ、犯人は内部の女官 時氏病気 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)六月小 御所の車宿に雷落ちる 美濃で雪降り恐れる 時氏死す 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)七月大 霜降る 三浦泰村の妻が女児を出産するが十日後に死亡 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)八月小 泰時の娘(三浦泰村妻)死亡 三井寺僧兵の争い三院燒失 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)九月大 大風で人家転倒 泰時、時氏の墳墓で供養       読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)十月小 実朝の十三回忌に三重の塔を、泰時娘の百か日に法要  読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)十一月大 西国の夜討強盗追捕を命ず 雷雨暴風 陸奥で石降る 読下し・現代語完了

寛喜二年(1230)十二月大 彗星現れる 頼経(13)と竹御所(28)結婚 実朝十三回忌 読下し・現代語完了

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