吾妻鏡入門第廿九巻

文暦二年未(1235)八月大

文暦二年(1235)八月大十八日戊申。舞人多好氏在鎌倉之處。可令歸洛之旨。自殿下被申之間。所差進也。則將軍家染御自筆。令申御請文給。又御馬一疋〔白鹿毛〕賜好氏。兩三年一度放生會之時。可參仕之由。以木工權頭。被仰含好氏云々。

読下し                     まいびと おおののよしうじ  かまくら  あ   のところ  きらく せし  べ   のむね
文暦二年(1235)八月大十八日戊申。舞人 多好氏 は鎌倉に在る之處、歸洛令む可し之旨、

でんか  よ   もうさる  のあいだ  さ   すす  ところなり
殿下@自り申被る之間、差し進める所也。

すなは しょうぐんけ おんじひつ  そ    おんうけぶみ もうせし  たま
則ち將軍家 御自筆を染め、御請文を申令め給ふ。

また おんうまいっぴき 〔 しろかげ 〕    よしうじ   たま     りょうさんねん いちど   ほうじょうえのとき    さんしすべ   のよし
又、御馬一疋〔白鹿毛〕を好氏に賜はり、兩三年に一度Aの放生會之時、參仕可き之由、

もくごんのかみ  もっ    よしうじ  おお  ふく  らる    うんぬん
木工權頭を以て、好氏に仰せ含め被ると云々。

参考@殿下は、九条道家。将軍頼経の父。
参考A
兩三年に一度は、ニ三年に一度は。

現代語文暦二年(1235)八月大十八日戊申。舞楽の名人多好氏は、今鎌倉に居りますが、京都へ帰るように殿下九条道家から言ってきたので、帰るように勧めました。すぐに将軍頼経様自筆の承知した返事を書きました。又、馬一頭〔白の鹿毛〕を好氏に与え、二三年に一度は放生会の時に来てくれるように木工権頭伊賀仲能を通して、好氏に云い聞かせましたとさ。

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