吾妻鏡入門第卅巻

文暦二年乙未(1235)八月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれくも　　さだ　　　　ず　　うのこく　しょうぐんけつるがおか　ぎょさん　　じょうい　　き　たま
文暦二年(1235)八月大十四日甲辰。�ﾘ陰り定まら不。夘刻、將軍家鶴崗へ御參。淨衣を著給ふ。

みだいどころ　ごしゅうけつの のち　　ごさんぐうはじ　 なり
御臺所の御周闋之後の御參宮始め也。

みょうごにち　 ほうじょうえぎょさん　 もっ　　　　つうようさる　　べ　　　　ちょうじつ　たる　　よっ　　　　ま　　 かく　　ぎ　　　およ　　　　うんぬん
明後日の放生會御參を以て、通用被る可し。重日�@爲に依て、先ず此の儀に及ぶと云々。

参考�@重日は、巳の日は陽が陽に重なり、亥の日は陰が陰が重なる。善事も悪事も重なると云い、忌事はこの日を避ける。

現代語文暦二年(1235)八月大十四日甲辰。晴れたり曇ったりではっきりしません。午前6時頃将軍頼経様は鶴岡八幡宮へお参りです。清浄をあらわす白い着物です。奥さん竹御所の一周忌の後のお参り始めです。明後日の鶴岡八幡宮での放生会への出席で喪から通常状態になるのですが、15日は陽の重なる日なのでさけて今日にしましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　つるがおか　ほうじょうえ　　しょうぐんけおんいで
文暦二年(1235)八月大十五日乙巳。霽。鶴崗の放生會。將軍家御出。

現代語文暦二年(1235)八月大十五日乙巳。晴れました。鶴岡八幡宮の魚鳥を供養して生き物を放つ儀式の放生会です。将軍頼経様のお出ましです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　 ばば　　ぎ　れい　 ごと　　　　ごさんぐう　みっかび　あいつづ　 ものなり
文暦二年(1235)八月大十六日丙午。�ﾘ。馬塲の儀例の如し。御參宮三ケ日相續く者也。

さっこん　　ぐぶ　　　かんじん　　　みつむら　さだかずら なり
昨今の供奉の官人は、光村、定員等也。

現代語文暦二年(1235)八月大十六日丙午。晴れです。奉納の馬場での儀式は何時もの通りです。将軍のお参りが三日続きました。昨日今日のお供の検非違使判官は、三浦光村と藤原定員などです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　まいびと おおののよしうじ　　かまくら　　あ　　　のところ　　きらく せし　 べ　　 のむね
文暦二年(1235)八月大十八日戊申。舞人　多好氏 は鎌倉に在る之處、歸洛令む可し之旨、

でんか 　よ　　　もうさる　 のあいだ　　さ　　 すす　　ところなり
殿下�@自り申被る之間、差し進める所也。

すなは　しょうぐんけ おんじひつ　 そ　　　　おんうけぶみ　もうせし　　たま
則ち將軍家 御自筆を染め、御請文を申令め給ふ。

また　おんうまいっぴき　〔　しろかげ　〕　　　 よしうじ　　 たま　　　　　りょうさんねん　いちど　　 ほうじょうえのとき　　　 さんしすべ　　 のよし
又、御馬一疋〔白鹿毛〕を好氏に賜はり、兩三年に一度�Aの放生會之時、參仕可き之由、

もくごんのかみ　　もっ　　　　よしうじ　　おお　　ふく　　らる　　　　うんぬん
木工權頭を以て、好氏に仰せ含め被ると云々。

参考�@殿下は、九条道家。将軍頼経の父。
参考�A兩三年に一度は、ニ三年に一度は。

現代語文暦二年(1235)八月大十八日戊申。舞楽の名人多好氏は、今鎌倉に居りますが、京都へ帰るように殿下九条道家から言ってきたので、帰るように勧めました。すぐに将軍頼経様自筆の承知した返事を書きました。又、馬一頭〔白の鹿毛〕を好氏に与え、二三年に一度は放生会の時に来てくれるように木工権頭伊賀仲能を通して、好氏に云い聞かせましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そうしゅう　 ぶしゅう ごしょ　　まいられ
文暦二年(1235)八月大廿一日辛亥。相州、武州御所へ參被る。

おのおの　みんまや　さむらいかみ　ひがし　しとみ　ま　　　つ　　 せし　 たま　　　ひょうじょうしゅう　さんじょう
 各　 御廐　 侍上の東　蔀の間�@に著か令め給ふ。評定衆　參上す。

もろかず　いえなが　やすとしみなみざ　〔ひがしかみ〕　　　こう　　　　せいあ　　 よしむら　 ぎょうさい　きたかた　こう　　　しょうぐんれんちうに　おは
師員、家長、康俊南座 〔東上〕 に候ず。西阿、義村、行西 北方に候ず。將軍簾中于御坐す。

かとうしちろうさえもんのじょうかげよし　と　あに　かとうほうがんかげとも　　いずのくに　かのうのしょうない　まきのごう　　ぢとうしき　　つ　　　そうろん　　こと　　いっけつ　　と
加藤七郎左衛門尉景義 与兄 加藤判官景朝、伊豆國　狩野庄内 牧郷�Aの地頭職に就き相論の事、一决を遂ぐ。

あに　みなみかた　まっせき　めされ　　しょてい　 おな　　　 きた　　たいざ　　　あ　　　　としょのじょうきよとき　ぶぎょう　 な　　　　　 しさい　　とはれる
兄は南方の末席に召被、舎弟は同じき北の對座に在り。圖書允�C時 奉行を爲し、子細を問被。

かげよしうった　もう　　　　い　　　　　　　とうごうは　　　おじ　こいせのぜんじみつかず　　　しょりょうなり　　
景義訴へ申して云はく。當郷者、伯父故伊勢前司光員�Bが所領也。

じょうきゅうさんねんごがつさんじうにち　　 ぼうふかげかど　これ　はいりょう
 承久三年 五月 卅日、　亡父景廉�D之を拝領す。

ただ　　おお　　　よっ　 しばら　 ちち　かくれん　　し　　 りょうちせし　　ものなり
但し仰せに依て暫く父覺蓮を令て領知令む者也。

か　　　いちごの　のちは　　 かげかど　けいじょう　まか　 かげよし　りょうしょう　すべ　 のところ　　かげとも　ぎぜつのみ　　かえりみず　ほしいまま　おうりょう　くはだ
彼の一期之後者、景廉が契状に任せ景義　領掌　可き之處、景朝義絶之身を 顧不、 恣に 押領を企つ。

はや　ただ　 かえさる　　べ　　 てへ
早く糺し返被る可し者れば。

かげともちん　　もう　　　　い
景朝陳じ申して云はく。

とうごうは　　　　にいけ　　　おんとき　　かげともそうでんせし　べ　　のおもむき　　けんじつ おんしょ　あずか　のうえ　　ちぎょうなにごと　 あ　　　　 や
當郷者、二位家�Eの御時、景朝相傳令む可き之趣、 兼日 御書に預る之上、知行何事か有らん哉。

ぼうふ　　 ため　　ぎぜつ さる　 ことかげよし　きょうたんなり　　かごんのとが　　 しょさる　　べ　　　てへ　　　　　ひょうじょう　こ　　　さる
亡父の爲、義絶被る事景義の狂誕�E也。過言之科に處被る可し者れば。評定を凝ら被る。

かげよしもう　ところ　しさいあ　　 のむね　　しゅうぎいっきせし　　　 しか　　　　かげとも　にいけ　　　 ごゆいしょ　　　しんらん
景義申す所子細有る之旨、衆議一揆令む。而るに景朝二位家の御遺書を進覽す。

かのうのまき　　をい　 は　　 かくれんぼうののち　　かげとも　 たま　　　　べ　　　のよし　　ぶんめいのむね　 まか　　　 かげとも　 つけらる　ところなり
狩野牧に於て者、覺蓮房之後、景朝に賜はる可し之由、分明之旨に任せ、景朝に付被る所也。

　にいけ　　　おんとき　　みぎょうしょ　　す　　 おかる　　 のじょう　　そ　　 おそ　　あ　　　のよし　　やすときあそん　もう　　う　　　　　よっ
二位家の御時の御教書、棄て置被る�F之條、其の恐れ有る之由、泰時朝臣申し請けに依て、

かげとも　　ぶにんさる　　のむね　　すなは　おんくだしぶみ　の　　らる　　　　うんぬん
景朝を補任被る之旨、即ち 御下文に 載せ被ると云々。

参考�@御廐侍上東蔀間は、漢字から推定して、馬屋と侍詰所北側の東に蔀戸の部屋があるのであろう。
参考�A牧郷は、静岡県伊豆市牧之郷。
参考�B伯父故伊勢前司光員は、加藤太光員。加藤次景廉の兄。承久の乱で伊勢守となって朝廷側についた。
参考�C叔父覺蓮は、加藤次景廉の出家名なので「叔」の文字は吉川本に合わせ黒板氏の註釈で挿入されているが、亡父景廉との言葉もあり何故入れたのか不明。
参考�D景廉は、加藤次景廉。承久三年(1221)八月三日三日死亡。
参考�E二位家は、政子。
参考�E狂誕は、うそ。
参考�F棄て置被るは、無視をする。

現代語文暦二年(1235)八月大廿一日辛亥。相州北条時房、武州北条泰時が御所へやってこられました。それぞれ馬屋と侍詰所北側の東にある蔀戸の部屋にお座りになりました。政務会議員の評定衆も来ました。中原師員・中条家長・町野康俊は南座〔東の上〕に揃いました。西阿毛利季光・三浦義村・行西二階堂行村は北方に揃いました。将軍頼経様は御簾の中におられます。

加藤七郎左衛門尉景義と兄の加藤判官景朝とが、伊豆國狩野庄内牧郷の地頭職について争っていましたが、決裁を決めました。兄は南方の末席に呼び出され、弟は同様に北の座におります。図書允清原清時が担当して、詳しく質問をしました。
景義が訴えて言うのには、「当郷は、伯父の無くなった伊賀前司加藤太光員の領地でした。承久3年5月30日にこれを亡き父加藤次景廉がこれを頂きました。但し、幕府の命でしばらくは叔父の覚蓮が管理するものでした。その亡くなった後は、景廉の約束状のとおり景義が譲渡されるはずのところ、景朝は勘当されている身を顧みることなく、好き勝手に横領しているので、早く調べて返して欲しいのです。」と云えば、
景朝が弁解して云います。「当郷は、二位家政子様の時代に、景朝が相続するようにと、その頃命令書を頂いているので、管理するのになんの問題がありましょうか。亡父から勘当されているなんて、景義の作り話です。嘘の証言の罪になるでしょう。」と云うと、政務官達は検討をしました。
景義の云う事は筋が通っていると、皆意見が合いました。しかし、景朝が二位家政子様の残された命令書を出して見せました。狩野牧については、覚蓮房加藤次景廉の後は、景朝に与えるとはっきりしているので、景朝の勝訴としました。
「二位家政子様が発行した命令書を無視するなんて恐れ多い事だ。と泰時さんがその内容を承知して、景朝を地頭に任命した。」との内容を命令書に書き載せて与えましたとさ。

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