吾妻鏡入門第七巻文治三年丁未(1187)

正月 正月行事が続く・新田四郎忠常病苦・鼓判官知康陳謝に鎌倉へ
二月 建礼門院に領地を寄付・大姫岩殿觀音堂へ參る・三浦介義澄邸で宴会
三月 梶原景時、夜須行宗の手柄を讒訴して鎌倉中の道路を整備させられる
四月 大仏勧進聖重源、周防の材木引き出しを邪魔する地頭を訴える
五月 藤原行政 使節と為し常陸國へ下向す
六月 畠山次郎重忠の代官、御厨の神人に乱行をする
七月 新田四郎忠常の妻、三島神社への途中、船がひっくり返って溺死
八月 熊谷次郎直實、流鏑馬の的立て役を断り所領を召し上げられる
九月 畠山次郎重忠、代官の仕業で伊勢神宮から訴えられ囚人となる
十月 畠山次郎重忠、謹慎して寝食を絶つ。奥州の巨人、藤原秀衡死す
十一月 後白河法皇の居所を修造するが、その手柄を辞退して
十二月 後白河法皇の熊野詣の費用に砂金を送る。橘次為茂免許

八巻へ

inserted by FC2 system