吾妻鏡入門第廿四巻承久元年(建保七年)己卯(1219) 四月十二日改元

正月 実朝、右大臣拝賀式の後、公暁に暗殺される
二月 宮将軍の下向を申し入れる 阿野全成の子蜂起討たれ
閏二月 宮将軍はくれない 一条能保の子職を解かれる
三月 後鳥羽上皇地頭撤退をせまる 時房千騎を率い上洛
四五六月三ケ月無之
七月 四代将軍候補三寅鎌倉入り 小侍別当に重時就任
八月 後藤基綱 後鳥羽上皇病見舞使者上洛
九月 二階堂行光死 走湯権現火事 小町大路から三浦道大火事
十月 一条能保が末子実雅、義時の娘に婿入り
十一月 時房の新造の亭が大風で倒れる
十二月 政子在住旧実朝亭燃ゆ 実朝追福に五大尊安置

承久二年庚辰(1220)三寅(三歳)

正月 時房の子二人自由出家 鶴岳別當慶幸入滅
二月 大町から南浜火事 大町北側で火事武州亭前まで
三月 巌谷堂付近で数十軒火事に会う
四月 京都の使者先月の清水寺の火事を伝える
五月 前月27日の内裏火事を知らせる 広元亭で小弓会
六月 去年12月の彗星出現を厭い朝廷は延暦寺に祈祷を
七月 暴風雨建物倒壊流失多数相当数の民が死亡
八月 中将実雅に嫁いだ義時の娘が男子を安産した
九月 小町辺(?)で火事、義時の館は免れる
十月 大町辺で火事 時房の子時村と大内惟信の家火事
十一月 三寅着袴の式の日時の上申書や調度品が京都から
十二月 三寅着袴の儀 火事が多い 大内裏建つ 雨が降らない

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