吾妻鏡入門吾妻鏡脱漏嘉祿元年(元仁二年)乙酉(1225)四月廿日改元 三寅(八歳)

正月 頼經歯固式 政子八幡宮で毎月景勝八講実施決定
二月 多雨、小鷹を捕えて頼經に与えると喜んだ
三月 陰陽師の儀式ばっかり
四月 毛利季光西阿入道の屋敷(御所の向い)火事
五月 諸国に病気蔓延し千二百人の僧を集め供養すると雨降る
六月 十日大江広元死す 政子具合が悪くて東御所に移る
七月 十一日政子死す火葬 時房政子の旧宅へ引越し
八月 御所千鳥飛行 鶴岡放生会延期 竹御所政子の追悼
九月 泰時、三浦義村等と密談 泰時奉行人に公平を命ず
十月 宇都宮辻子への移転決定 若君引越し 過差禁止令布告
十一月 新御所作事の縁起を陰陽師に調べさせる
十二月 宇都宮辻子へ引越し 三寅元服して頼経に

嘉祿二年丙戌(1226) 頼経(九歳)

正月 新御所で椀飯 将軍宣下要求 領地賭けや過分利子禁止
二月 八幡宮のお神楽に神殿の扉開かず 將軍宣下到着
三月 竹御所泰時の屋敷へ御行始め 頼経将軍禁色を許される
四月 時房、大慈寺に三重の塔を建立 御家人騒動を起こす
五月 幕府の意向に背いた任官を取り消し 請所を与える
六月 時房三重の塔に九輪をあげる 義時三回忌 地震
七月 時房承久の乱の賞を同輩に分け与える 政子の一周忌
八月 准布を止め銅錢を用いるよう命じる 天変のお祈り
九月 将軍家勝長寿院永福寺へお参り 草鹿の勝負
十月 相論の当事者立入禁止 竹御所造作 八幡宮修理
十一月 鶴岡若宮修理 毛越寺炎上 将軍家不例治る
十二月 竹御所へ引越し 政所前から失火 走湯權現炎上

安貞元年(嘉祿三年)丁亥(1227)十二月十日改元 頼経(十歳)

正月 椀飯泰時時房義村の順 行幸始 地震頻発
二月 阿波院造営 義時の御堂に政子の堂をと提案
三月 義時の大倉御堂の移動中止 大地震 一般人の謀反
閏三月 守護の横暴停止 政子追善の伽藍建立決定
四月 泰時政子三回忌に大慈寺に丈六堂を建立 頼経不例
五月 大内裏火事 高麗の牒状倭寇の憂い 時氏息子誕生
六月 尊長自殺和田朝盛生捕り 泰時次男時實家人に殺さる
七月 時氏下向 伊勢の悪党丹生逃亡 二階堂行盛政子供養
八月 内藤盛家卒 頼経祖母西園寺公経妻金子卒 頼経風疹
九月 大地震 佐々木信綱豊浦堅田栗本の地頭を賜る
十月 竈が鳴る占いを 六波羅への文書には案文を添える
十一月 御所女房阿波局卒去 大地震 頼経はしか
十二月 地震 頼経はしか治る 改元と吉書始め

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