吾妻鏡入門第卅一巻嘉禎二年丙申(1236)

正月 頼経(19歳)疱瘡の爲垸飯欠席 治るが腫れ物残る 快癒祝い
二月 九条頼経平癒 西園寺家の伊予の地頭撤退 興福寺神木帰る
三月 時房修理権大夫を兼務 泰時従四位下に叙任 若宮大路幕府決定
四月 八幡宮で羽蟻群集の怪異 伊豆長岡温泉への旅行取りやめ 雨
五月 若宮大路幕府の築地造成 泰時伊豆北条で義時の十三回忌法事
六月 北条で義時の十三回忌法事に塔を建てる 新御所の築地を始める
七月 新御所に門を 一族は家督に従へ 讃岐の岩清水領を一円地に
八月 新御所へ渡り始め 評議始め 弓始め 南都騒動 中條家長卒
九月 佐々木信綱遁世の為評定衆を辞し上洛 後任は名越流北条朝時
十月 南都の僧兵蜂起のため 大和に守護地頭を置き 軍隊派遣
十一月 南都の蜂起終結 鶴岡別当定豪東寺の長者に推薦 小町火事
十二月 頼経民部卿 御所に新居 足利泰氏丹波守 泰時左京権大夫

嘉禎三年丁酉(1237)

正月 垸飯 泰時妹の軽服で垸飯遠慮 御所で目勝の勝負 弓始め
二月 定員上洛 二所詣で 摂政近衛兼経に移譲
三月 庚申に和歌の会開催 明王院に政子十三回忌の丈六堂建設決定
四月 大倉新御堂(明王院東丈六堂)上棟 時頼元服 日光異変
五月 定員京都から戻る 日光異変京都でも話題 薄い日食で異変
六月 矢部尼一郷を相続 大慈寺新造丈六堂供養 武士以外は式目除外
七月 政子の十三回忌供養 時頼初めて流鏑馬の練習弓は一文字否定
八月 三浦義村鶴岡放生会に倅を無理やり供奉人に 時頼流鏑馬射る
九月 諏訪大社の神事に幕府初めて介入 地震が多発月に三度も
十月 善光寺で五重塔の開眼供養。三浦泰村掃部権助に任命礼の椀飯
十一月 二所詣で 稲瀬川洪水下女二人流される 三浦泰村奥州馬献上
十二月 愛染金剛如法佛〔五指量〕を造立 泰時常楽寺の前身を建立

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