鎌倉歴史散歩グループ「流鏑馬」のお知らせ

創設1968年9月 → 2021年3月現在

評論家与謝野晶子は大正3年から20年間にわたり、国内外の出来事や婦人問題等の評論随筆を書き続けた。
或る時、鎌倉で貰った白黄色の花房のついた木の名を知りたくて、訪ねた或る知人はソロ、イヌシデと言ったと書いたが、
翌週、扇ケ谷の友人がそれは鎌倉に多いキブシだ知らせてきた。
植物図鑑とその実物との違いに個体差があると述べ、人にもその人間の数だけ個性があり、
総ての人が各自の個性を虐げ虐げられずに生きて行かれるような社会を実現せねばならぬ、と論を展開させている。
90年前の記事である。
鎌倉の山路を行く時、見上げる先に乙女の簪のようなキブシの花を見つけた時に、ああ本当の春が来たなと思う。

流鏑馬 3月の行事 を お知らせ致します。 代表 坂本

★令和3年3月27日(土) 1749回例会  「話半分鎌倉史謎めぐり」
愛人亀の前の住む小坪邸を壊した牧宗親の髷を切った頼朝に叛き
帰国した軍規に反した岳父時政を頼朝は何故切らなかったのか?
辱めを受けた宗親は時政の岳父である。
清盛が池禅尼の哀願で頼朝を殺せず、頼家が政子の制止で安達景盛を誅せず、
反対だが義時は時政の命で畠山重忠を滅した。義理であれ父母への孝養は第一の時代であった。
早春の海辺で頼朝と亀の前のことでも偲びましょうか。

◎ 鎌倉駅東口横浜銀行前 午前10時30分 集合

本頁は、流鏑馬会代表の了解を得て掲載しています。問い合わせなどは、歴散加藤塾のメールへ

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