吾妻鏡入門第二巻

寿永元年(1182)六月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　きのとひつじ　　ぶえいごちょうあい　しょうにょ　〔かめのまえ　ごう　〕　　　もっ　　　　こちゅうたみついえ　　こつぼたくに　しょうせい　たま
壽永元年(1182)六月小一日庚子。武衛御寵愛の妾女〔龜前と号す〕を以て、小中太光家�@が小窪宅于招請し給ふ。

おんちゅうつうのきわ　がいぶんのはばか　あ　　　よっ　　　　きょを　えんきょう　かまへられ　　うんぬん　　かつう　　かく　　ところおんはまいで　びんぎ　ち　　な　　　　うんぬん
御中通之際、外聞之憚り有るに依て、居於遠境に搆被ると云々。且は、此の所御濱出の便�≠ﾌ地と爲すと云々。

これめかけ　　よしはしのたろうにゅうどう　　そくじょなり　ずしゅう　おんりょきょ　よ　　　じっこんたてまつ　　がんぼうのこまや　　　　　　　　　　　あら
是妾は、良橋太郎入道�Aが息女也。豆州に御旅居自り、眤近奉る。顏皃之濃かなるのみに匪ず。

こころばせこと　にゅうわなり　さぬ　はるのころ　よ　　　　おんみっつうひ　　おっ　ごちょうはなはだ　　うんぬん
心操殊に柔和也。去る春之比自り、御密通日を追て御寵甚しと云々。

参考�@小中太光家は、中原の小太郎。
参考�A良橋太郎入道は、不明だが名称だけだが候補地として考えられるのは、下総国吉橋郷(八千代市吉橋)。

現代語寿永元年(1182)六月小一日庚子。頼朝様がとても可愛がっているおめかけさん〔亀の前と云います〕を小中太光家の逗子小坪の家へ呼びつけ引っ越してこさせました。浮気に行く時に世間の噂を招かないように一寸遠慮をして、妾宅を少し不便な鎌倉の外に用意をしましたとさ。何故ならここの場所は、由比ガ浜へみそぎに行くといって来るのに都合がよいからだとさ。この妾は、良橋太郎入道の娘です。伊豆に流罪になっている時から好が出来ていて、顔が色っぽいばかりではなく、性格も優しいので、去年の春頃から一層夢中になって、浮気に行くことが益々回数が増えてきたのだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　きのえたつ　　くまがいのじろうなおざねは　ちょうせき　かくごん　のちゅう　はげ　　　　　　　　あら
壽永元年(1182)六月小五日甲辰。熊谷二郎直實者、朝夕に恪勤�A之忠を勵むのみに匪ず。

さぬ　　じしょうよねん　さたけかじゃ　　ついとう　　　　　のとき　　こと　　くんこう　　ほどこ
去る治承四年佐竹冠者を追討する之時、殊に勳功を施す。

そ　　　ぶゆう　　　かん　 せし　　たま　　　 よっ　　　　むさしのくにきゅうりょう　ら　なおみつのおうりょう　ちょうじ　　　りょうしょうすべ　のよし　　おお　　くださる
其の武勇を感じ令め給ふに依て、武藏國舊領�B等、直光之押領を停止し、領掌可し之由、仰せ下被る。

しか　　　　なおざね　こ　かんくに　　あ　　　　きょうさんじょうせし　　くだん　くだしぶみ　たまわ　　うんぬん
而るに直實此の間國に在り、今日參上令め件の下文を賜ると云々。

　　くだ　　　　むさしのくにおおさとぐんくまがいのじろうなおざね　ところ
　下す　武藏國大里郡　熊谷次郎直實�Cの所

　　　　　　さだ　　ぶ　　　しょりょう　こと
　　　定め補す所領の事�D

みぎ　くだん　ところ　かつう　せんぞそうでんなり　しか　　　くげごんのかみなおみつおうりょう　こと　　ちょうじ　　　　なおざね　　もっ　　じとうのしきたり　　な　　　をはんぬ
右、件の所、且は先祖相傳也。而るに久下權守直光�E押領の事を停止し、直實を以て地頭之職爲と成し畢。

そ　　　ゆえ　なん　　　　　　ば　　　さたけのしろう　　　ひたちのくにおくぐんはなぞののたて　こも　　　かまくらよ　　せ　　　せし　　　　おんとき
其の故�F何となれ者、佐汰毛四郎�G、常陸國奥郡花園之楯�Hに籠る。鎌倉自り責め令むの御時。

そ　　　ひ　　ごかっせん　　なおざねばんにん　すぐ　　まえがけ　　　いちじん　か　　　やぶ　　　ひとりとうせん　　こうみょう　あらわ
其の日の御合戰に直實万人に勝れ前懸し、一陣を懸け壞る。一人當千の高名を顯す。

そ　　　けんじょう　　　くだん　くまがいごうの　じとうしき　　な　　をはんぬ　ししそんそん　　えいだい　　た　　さまた　あ　　べからず
其の勸賞に、件の熊谷郷之地頭職に成し畢。子々孫々の永代に他の妨げ有る不可。

ひゃくしょうらよろ　　　しょうち　　　　あえ　　いしつ　　　　べからず　　ゆえ　　くだ
百姓等�≠ｵく承知し、敢て違失ある不可。故に下す�I。

　　　　　　じしょうろくねんごがつさんじうにち
　　　治承六年五月卅日

参考�@右件所と書かれているが、右の次は一文字空けるはずである。
参考�A朝夕に恪勤は、領地のない人が大倉御所に住み着いて一日あたり玄米五升の年俸で勤務する。
参考�B武藏國舊領は、熊谷郷で今の埼玉県熊谷市。
参考�C熊谷次郎平直實の、熊谷は名字の地。次郎はあざな。平は姓。直實が実名で直は通字。
参考�D定め補す所領の事と書かれているが、所領は宛行と書いて次に地名がくる。定め補すは役職を与える事で役職名が続くはずなので、これは疑文書である。
参考�E久下權守直光は、直実のおば(母の姉妹)の亭主。12巻建久3年(1192)11月25日条に「直實の姨母(母の姉妹)が夫」とある。
参考�F其の故以降の下文(くだしぶみ)の理由なぞ通常は書くわけがない。
参考�G佐汰毛四郎は、佐竹四郎秀義。
参考�H花園之楯は、茨城県北茨城市華川町花園に花園神社あり、旧常陸多賀郡花園村。参考熊谷家文書には、熊谷と久下とは延々と子孫まで裁判を続けるので、熊谷家が作ったと思われる。なお、頼朝の文書は３８通残っているが、そのうち３０通は疑文書。
参考�I最初の「下くだす」から始まり､最後に「故下ゆえにくだす」又は「以下もってくだす」で終るのを「下文くだしぶみ」と云う。　

現代語寿永元年(1182)六月小五日甲辰。熊谷二郎直実は、領地を持たないので、幕府への勤務に励んでいるばかりではなく、一昨年の常陸の佐竹を攻撃した時に、特に手柄を立てました。その勇敢さに感動されて、武蔵国の元の領地を久下直光が横取りしていたのを止めて、直実が領地として統治するようにおおせ与えられました。しかし直実は熊谷市の実家にいたので、今日幕府へ出仕してその命令書を戴きましたとさ。

　命令する　武蔵国大里郡熊谷次郎直実の所へ
　　決定して地頭職として任命する所領の事
　右の事は、元々先祖伝来の領地である。それなのに久下権守直光が横領していることを止めて、熊谷次郎直実を地頭職にした。その理由は佐竹冠者秀義が茨城県北茨城市華川町花園の花園城に立て篭もったので、鎌倉から攻め込んだ時のこと、その日の合戦で直実は誰よりもすばやく先に攻め込み一番乗りをしました。一人で千人にも匹敵する手柄を立て名を広めました。その褒美に例の熊谷郷の地頭職に成らせました。先々の子孫まで横取りをしてはいけない。百姓達はよくこのことを承知して、ないがしろにしてはいけない。これを命令する。
　　　　治承六年五月卅日

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　ひのえうま　　ぶえい　ゆいのうら　い　　　せし　　たま　　　　そうしら　おのおの　きゅうばのげい　　ほどこ
壽永元年(1182)六月小七日丙午。武衛由井浦に出で令め給ふ。壮士等、各、弓馬之藝を施す。

ま　　　うしおいもの　ら　あ　　　　　しもこうべのしょうじ　〔おんあいて　　な　　〕　　はんがやつのしろう　わだのたろう　　　おな　　　　じろう　　みうらのじゅうろう　あいこうのさぶろういて　　な
先ず牛追物�@等有り。下河邊庄司〔御合手と爲す〕、榛谷四郎、和田太郎、同じき次郎、三浦十郎、愛甲三郎射手と爲す。

つい　ももぬきぐつ　　　もっ　　　　たけはっしゃ　くし　　さ　　　　　あいこうのさぶろう　　め　　　　いせし　　たま　　　　ごど　これ　　い　　　　　みなあたらず　　な
次で股解沓�Aを以て、長八尺の串を差し、愛甲三郎を召し、射令め給ふ。五度之を射る。皆不中は莫し。�A

しか　　　　ぶえい　か　　うまあと　　まとしたと　　　う　　　せし　　たま　　のところ　　そ　　ちゅうかん　はちじょう　　な　　なり
而して武衛彼の馬跡と的下与を打た令め�B給ふ之處、其の中間を八杖�Cと爲す也。

よっ　　こ　　　じょうすう　つ　　　　　あいひろの　ばば　　　さだ　　　　べ　　　　のよし　　おお　　い　　　らる
仍て此の杖數を積み、相廣之馬塲�Eを定める可し之由、仰せ出で被る。

そ　　　ご　　　はいしゃくのぎ　あ　　　きょうえんとき　　うつ　　　ばん　　およ　　かとうじかげかど　ざせき　　をい　　た　　　い　　　　しょにんぐんしゅう
其の後、盃酌之儀有り。興宴尅を移す。晩に及び加藤次景廉座席に於て絶へ入る。諸人騒集す。

ささきのさぶろうもりつなおおまく　　　も　　　きた　　　　かげかど　　まと　　かいじ　　たいきょ　　　すなは　すくしょ　　かえ　　りょうよう　くは
佐々木三郎盛綱大幕�Eを持ち來り、景廉を纏い懷持し退去す。則ち宿所�Fに歸り療養を加へる。

こ　　　こと　　よっ　　　　ごしゅえん　　や　　　　　かえ　　せし　　たま　　　　うんぬん
此の事に依て、御酒宴を止め、歸ら令め給ふと云々。

参考�@牛追物は、柱を円形に何本か立てて、莚で囲みそこへ牛を放ち、外から蟇目で討つ。
参考�A股解沓ももぬきくつは、乗馬用の皮の長靴。
参考�B馬跡と的下与を打た令めは、距離を計らせる。
参考�C八杖は、八つえ、八丈じょうで、京都では木偏をつけないが関東ではつける。弓道場はこの話から的までの距離を関東では十三間半24ｍにしていた。関西では十六間半30ｍだったので、明治以後武徳会は、間を取って十五間半28ｍに統一した。ちなみに七里ガ浜は一里を六町600mで計っている。京都では一里は３６町で４ｋｍ。
参考�D相廣之馬塲は、縦横同じ広さの馬場。
参考�E大幕は、頼朝の宴席の周りに幔幕を張っていたことが想定される。陣営に幔幕を張るのは矢を防ぐためなので、映画のようにきっちりと張っては意味がない。上だけをつなぎだらりと垂らしておくことにより幕が絡まり矢は突き抜けずに下に落ちる。
参考�F宿所は、石井進氏の説く御家人の屋敷地三点セット『�@は幕府へ出仕する際に正装するための「着替用上屋敷」(鎌倉中心部)。�A鎌倉での寝泊りや普段の暮らしの為の「生活用中屋敷」(鎌倉内周辺部)と思われる。�Bは鎌倉での生活のための食糧生産の「供給用外屋敷」(鎌倉郊外)。但し名称は塾長命名』のうち�Aの「生活用中屋敷」と思われる。

現代語寿永元年(1182)六月小七日丙午。頼朝様は、由比ガ浜にお出になりました。勇敢な武士たちが弓馬の技をやって見せました。初めに牛追物をしました。下河辺庄司行平〔頼朝様のお相手をしました〕、榛谷四郎重朝、和田太郎義盛、和田次郎義茂、三浦十郎義連、愛甲三郎季隆が射手をしました。次に股解沓を八尺(2.4m)の杭の上に立てて、愛甲三郎季隆を呼んで、これを射らせました。五度これを射ました。全て外れは有りませんでした。そこで頼朝様は馬の位地と的との間を測らせました所、その間の距離は八丈(24m)ありました。そこでこの長さを真四角の馬場とし､弓の距離と決めようとおっしゃられました。その後は宴会となり、宴たけなわな時間が過ぎていきました｡夜になって加藤次景廉が自分の席で酔いつぶれてしまいました。皆側へ集まり騒ぎ出しました。佐々木三郎盛綱は大幕を持って来て、加藤次景廉を包んで抱え去りました。直ぐに住居へ持ち帰り療養させました。この騒ぎがあったので、宴会を止めて御所へ帰られましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　ひのとひつじ　　ぶえい　かげかど　くるまおおじ　　いえ　　とぎょ　　　　びょうあ　　とぶら　せし　　たま
壽永元年(1182)六月小八日丁未。武衛景廉が車大路�@の家へ渡御し、病痾を訪は令め給ふ。

こんぎょうよ　　しんしんほん　ふく　　のよしこれ　　もう　　　　すなは　おんとも　そうら　せし　　　　こちゅうた　　いえ　　まい　　　　うんぬん
今曉自り心�~本に復す之由之を申す。即ち御共に候は令め、小忠太が家�Aへ參ると云々。

参考�@車大路は、東は安国論寺南の細い石橋から本興寺北路地・鎌倉女学院北・第一小学校北・六地蔵南で長谷小路とぶつかる道と推定される。
参考�A小忠太が家には、妾の亀の前を預けているので、加藤次景廉を見舞うふりをして、亀の前に会いに行っている。

現代語寿永元年(1182)六月小八日丁未。頼朝様は、加藤次景廉の車大路の家へ、病気見舞いに訪問されました。今朝から普段の症状に戻りましたと云いました。そこで直ぐにお供を命じて、（妾のいる）小中太光家の家へ（浮気をしに）行かれましたとさ｡

読下し　　　　　　　　　　　　　　ひのとひつじ　　いぬのこく　つるがおかへん　ひかりものあ　　　まえはま　へん　　さ　　　　ひこう
壽永元年(1182)六月小廿日己未。戌尅、　鶴岳邊に光物有り。前濱�@邊を指し、飛行す。

そ　　ひかり　すうじょう　およ　　しばら　きえず　　うんぬん
其の光、數丈に及び暫く消不と云々。

参考�@前濱は、御霊神社(権五郎神社)の前（甘縄神明社の前の浜とも）の浜を指し、現在の由比ガ浜（滑川より西側）である。

現代語寿永元年(1182)六月小廿日己未。午後八時頃に鶴岡の辺りの空に光ったものが出現して、由比ガ浜のほうへ飛んでいきました。その光は数丈（何メートル）もの長さに見えて、しばらく消えなかったとさ。

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