吾妻鏡入門第十二巻　　　

建久三年(1192)壬子八月小

読下し　　　　　　　　　　　　　しょうぐん　　ぶ せし　 たま　　ののち　　きょうまんどころはじめ　すなは　とぎょ
建久三年(1192)八月小五日乙巳。將軍に補令め給ふ之後、今日政所始、 則ち渡御す。

　　　かし
　家司

　　　　べっとう
　　別當

　　　　　　さきのいなばのかみなかはらあそんひろもと　さきのしもうさのかみみなもとあそんくになり
　　　前因幡守中原朝臣廣元　　　前下総守源朝臣邦業

　　　　れい
　　令

　　　　　　みんぶしょうじょうふじわらあそんゆきまさ
　　　民部少丞藤原朝臣行政

　　　　あんず
　　案主

　　　　　　ふじいとしなが
　　　藤井俊長

　　　　ちじけ
　　知家事

　　　　　　なかはらみついえ
　　　中原光家

たいふさかんにゅうどうぜんしん　ちくごのごんのかみとしかね　みんぶのじょうもりとき　とうのほうがんだいくにみち　さきのはやとのすけやすきよ　さきのぶぜんのすけさねとし
 大夫屬入道善信、　筑後權守俊兼、　民部丞盛時、　藤判官代邦通、　前隼人佐康�C、　前豊前介實俊、

さきのうきょうのしんなかなりら　そ　　ざ　　　そうら
 前右京進仲業等 其の座に候う。

ちばのすけつねたね　ま　おんくだしぶみ　　たま　　　　　　しか　　　　ごじょうかいいぜんは　　ごはんを くだしぶみ　の　　られをはんぬ
千葉介常胤 先ず御下文を給はる。而るに御上階以前者、御判於下文に載せ被訖。

まんどころ　はじ　お　　　れるののちは　　これ　 め　　かえされ　　まんどころくだしぶみ　なされるのところ　つねたねすこぶ　かくしつ
政所を始め置か被之後者、之を召し返被、 政所下文に 成被之處、常胤 頗る確執す。

まんどころくだしぶみ　い　　は　　　　かしら　　　　しょめいなり　　ごかん　　そな　　がた
 政所下文と 謂う者、家司等の署名也。後鑒に備へ難し。

つねたね　ぶん　をい　　は　　　べつ　 ごはん　　そ　　おかれ　　　しそんまつだい　　ききょう　　な　　　べ　　　のよし これ　 もう　　う
常胤が分に於て者、別に御判を副へ置被、子孫末代の龜鏡と爲す可し之由之を申し請く。

よつ　 しょもう　　ごと　　　　うんぬん
仍て所望の如しと云々。

　　　〔　ごはん　　の　　らる　〕
　〔御判を載せ被〕

　　　　　くだ　　　しもうさじゅうにんつねたね
　　下す　下総國住人常胤

　　　　　　はやばや　そうでん　しょりょう　　しんきゅう　しょしょ　　じとうしき　　りょうじょうすべ　　　こと
　　　早〃と相傳の所領、新給の所々の地頭職を領掌可きの事

　　みぎ　　　　さんぬ　じしょう　 ころ　　へいけ よ　　ほしいまま　　　は　　　おうけ　　こっしょ　　　あまつさ　ぎゃくせつ　はか
　右は、去る治承の比。平家世を壇にする者、王化を忽諸�@し。剩へ逆節�Aを圖る。

　　ここ　　くだん　ぞくと　　　ついとう　　　　　　ほつ　　　 ちうさく 　　はこ　 のところ　 つねたね　ちょうい　あお　たてまつ　　　さいぜん　さんこう　　　　ののち
　爰に件の賊徒を追討せんと欲し、籌策�Bを運ぶ之處、常胤 朝威を仰ぎ奉り、 最前に參向する之後、

　　かっせんのこうせき　　い　　　　　ほうこうのちゅうせつ　い　　　　　ぼうはい　 まさ　 きんこう　 いた
　合戰之功績と云ひ、奉公之忠節と云ひ、傍輩に勝り勤厚を致す。

　　よつ　 そうでん　 しょりょう　　また　 ぐんしょう　よっ　　あてたまはれ　しょしょら　　　じとうしき　　　まんどころ　くだしぶみ　な　　たま　　ところなり
　仍て相傳の所領、又、軍賞に依て宛給被る所々等の地頭職、政所の下文を成し給はる所也。

　　そ　　じょう　　まか　　　　しそんに　いた　　　　　　　　そうい　あ　　　べからずのじょう くだん　ごと
　其の状に任せ、子孫于至るまで、相違有る不可之状 件の如し。

　　　　　　けんきゅうさんねんはちがついつか
　　　建久三年八月五日

参考�@忽諸は、無視をする。ないがしろにする。
参考�A逆節は、朝廷に背いた。
参考�B籌策は、はかりごと。計略。策略。

現代語建久三年(1192)八月小五日乙巳。征夷大将軍に任命されたので、今日、改めて幕府事務所政所の開設式を始めます。直ぐにお渡りになられました。

　事務所の主な職（家司）
　長官（別当）前因幡守中原朝臣広元　　　前下総守源朝臣邦業
　令　　　　　民部少丞藤原朝臣行政
　案主　　　　藤井俊長
　知家事　　　中原光家

大夫属入道三善善信、筑後権守俊兼、平民部烝盛時、大和判官代藤原邦道、前隼人佐三善康�C、前豊前介実俊、中原右京進仲業らがその場に控えております。
千葉介常胤が先ず命令書（くだしぶみ）を与えられました。しかし、位が上る前は、花押を命令書に書かれていました。政所を初めて置かれたので、それを返却させて、政所の命令書（くだしぶみ）に直したところ、千葉介常胤はとても不機嫌になって云いました。「政所の命令書と言うのは、事務の連中の署名ではありませんか。それでは、子孫への名誉の証拠に置いておき難いのですよ。千葉介常胤の分は、別に頼朝様の花押を載せて戴き、子孫末代への手本にしたいのです。」とおねだりをしました。そこで希望通りにしてあげましたとさ。

　　〔花押を載せられる〕
　命令する　下総の豪族千葉介常胤
　さっさと先祖伝来の領地と新しく与えられたあちこちの地頭職を、領地として掌握すること
　右の者は、去る治承年間の頃に、平家が世の中を好き勝手に掌握して、天皇家をないがしろにして、そればかりか逆らっていました。そこで、この悪人どもをやっつけてしまおうと、策略をめぐらしていたところ、千葉介常胤は天皇家を尊敬して、真っ先に味方に駆けつけました。その後、戦争での手柄といい、真面目な勤務態度といい、周りの仲間よりも秀でて勤め上げました。それなので、先祖代々の領地や、戦争による手柄として与えられたあちこちの地頭職に、政所の命令書を与えられたところなのです。その命令書の内容どおりに、子々孫々まで間違いの無いようにとの手紙は、このとおりです。
　　建久三年八月五日

説明ここの記事では、千葉介常胤になっているが、古文書として政所下文と頼朝が花押を書いた袖判下文とが残っているのは小山左衛門尉朝政。

「将軍家源頼朝政所下文」
将軍家政所下　下野國日向野郷住人
　補任地頭軄事
　　左衛門尉朝政
右壽永二年八月　日御下文云以件
人補任彼軄者今依仰成賜政所
下文之状如件以下
　建久三年九月十二日案主藤井(花押)
令民部少丞藤原(花押)　知家事中原(花押)
別当前因幡守中原朝臣(花押)
　前下総守源朝臣

「源頼朝袖判下文」
　　　　　　（源頼朝）
　　　　　　（花押）
下　下野國左衛門尉朝政
　可早任政所下文旨領掌所々地頭
　　職事
右件所々地頭成賜政所下文
任其状可領掌之状如件
　　建久三年九月十二日

読下し　　　　　　　　　　　　　そらはれかぜしずか　そうたん いご　　みだいどころ ごさんけ
建久三年(1192)八月小九日己酉。天�ﾘ 風靜。早旦以後、御臺所御産氣。

　ごかじ　　みやのほうげん　　げんざ　　ぎけいぼう　　　だいがくぼうら
御加持は宮法眼。驗者は義慶坊、大學房等。

つるがおか　さがみのくに　じんじゃぶつじ　　しんめ　たてまつ　　どっきょう　 しゅうされ　　 いはゆる
 鶴岡、相摸國の神社佛寺に神馬を奉り、誦經を修被る。所謂、

　　ふくだでら　〔 さかわ 〕　　　　　　　　　びょうどうじ　〔 とよた 〕　　　　　　　　　　　　　　　　 はんりゅうじ　〔 ひらつか 〕
　福田寺〔酒匂〕　　　平等寺〔豊田〕　　　　　　　範隆寺〔平塚〕

　　そうげんじ　〔 みうら 〕　　　　　　　　　　じょうそうじ　〔 きどころ 〕　　　　　　　　　　　　　　　 おうふくじ　〔 さかもと 〕
　宗元寺〔三浦〕　　　常蘇寺〔城所〕　　　　　　　王福寺〔坂本〕

　　しんがくじ　〔 こいそ 〕　　　　　　　　　　こまじ　　　〔 おおいそ 〕　　　　　　　　　　　　　　　こくぶんじ　　〔 いちんみやした 〕
　新樂寺〔小磯〕　　　高麗寺〔大磯〕　　　　　　　國分寺〔一宮下〕

　　みろくじ　　〔 はたの 〕　　　　　　　　　 ごだいどう　〔 はちまん　　おおえみどう　　　ごう　　〕　　　　　じんむじ
　弥勒寺〔波多野〕　　五大堂〔八幡。大會御堂と号す〕　寺努寺

　　　かんのんじ　〔 かなめ 〕　　　　　　　　だいせんじ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　りょうせんじ　〔 ひなた 〕
　觀音寺〔金目〕　　　大山寺　　　　　　　　　　　靈山寺〔日向〕

　　　だいはこね　　　　　　　　　　　 そうじゃ　〔 やなぎだ 〕　　　　　　　　　　　　　　　　　いちのみや〔 さむかわだいみょうじん 〕
　大箱根　　　　　　惣社〔柳田〕　　　　　　　　一宮〔佐河大明神〕

　　にのみや 〔 かわわだいみょうじん 〕　　さんのみや 〔 かんだいみょうじん 〕　　　　　　　　　　　　しのみや　〔 さきとりだいみょうじん 〕
　二宮〔河匂大明神〕　 三宮〔冠大明神〕　　　　　　 四宮〔前取大明神〕

　　　はちまんぐう　　　　　　　　　　　　　てんまんぐう　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ごずのみや
　八幡宮　　　　　　　天滿宮　　　　　　　　　　　五頭宮

　　　くろべのみや　〔 ひらつか 〕　　　　　　かも　　〔 やぎした 〕　　　　　　　　　　　　　　　　　　いまひえ　〔 やなぎだ 〕
　黒部宮〔平塚〕　　　賀茂〔柳下〕　　　　　　　　新日吉〔柳田〕

現代語建久三年(1192)八月小九日己酉。空は晴れて、風も静かです。朝早くから御台所政子様が産気づいています。無事な出産を守る加持は宮法眼園暁で、祈祷は義慶坊と大学坊です。鶴岡八幡宮や相模国の神社仏閣に馬を寄附して、お経を上げさせました。それは、

福田寺〔酒匂〕（南足柄市和田河原の福田寺）。
平等寺〔豊田〕（平塚市豊田の平等寺）。
範隆寺〔平塚〕（平塚市平塚４丁目１８春日神社別当）。
宗元寺〔三浦〕（横須賀市公郷町３丁目横須賀高校一帯。現在はその土地の一部に名だけ継いだ曹源寺がある。）
常蘇寺〔城所〕（平塚市城所浄心寺）。
王福寺〔坂本〕（大磯町寺坂大高山王福寺）。
新樂寺〔小磯〕（大磯町西小磯金龍寺）。
高麗寺〔大磯〕は、中郡大磯町高麗２丁目９高来神社の別当寺廃寺）。
國分寺〔一宮下〕（海老名の国分寺跡か？）。
弥勒寺〔波多野〕（足柄上郡松田町寄（やどりき）の寄神社、廃寺）。
五大堂〔八幡。大會御堂と号す〕（平塚市らしい）。
寺努寺（逗子市沼間２丁目の神武寺）。
觀音寺〔金目〕（平塚市南金目８９６光明寺金目觀音）。
大山寺（伊勢原市大山の阿夫利神社、神仏分離後雨降山大山寺に分離）。
靈山寺〔日向〕（伊勢原市日向の日向薬師、塔頭の宝戒坊が残る）。
大箱根（足柄下郡箱根町元箱根８０−１箱根神社。旧名は筥根權現）。
惣社〔柳田〕（中郡大磯町国府本郷の六所神社）。
一宮〔佐河大明神〕（高座郡寒川町宮山３９１６寒川神社）。
二宮〔河匂大明神〕（高座郡二宮町山西の川勾神社）。
三宮〔冠大明神〕（伊勢原市三ノ宮の比々多神社）。
四宮〔前取大明神〕（平塚市四之宮４丁目１４の前鳥神社）。
八幡宮（五の宮で、平塚市浅間町１平塚八幡宮）。
天滿宮（平塚天満宮で国道一号線の宮前交差点際）。
五頭宮（足柄上郡中井町遠藤の五所宮八幡神社らしい）。
黒部宮〔平塚〕（平塚市平塚４丁目の春日神社の元の宮）。
賀茂〔柳下〕（小田原市らしい）。
新日吉〔柳田〕（大磯町国府新宿の日吉神社のそばの蓮華院）。

ま　　つるがおか　　しんめ にひき 〔 じょうげ 〕 ちばのへいじひょうえのじょう　みうらのたろう ら これ　　あいぐ
先ず鶴岡に神馬二疋〔上下〕千葉平次兵衛尉、三浦太郎等之を相具す。

そ　　ほか　　じしゃ　　　ざいしょ　　じとう これ　 う　　　と
其の外の寺社は、在所の地頭之を請け取る�@。

かげすえ　よしむらら　ぶぎょう　　な　　　みのこく　　だんし　おさんなり　　めいげん　　ひらやまうえもんのじょうすえしげ　　こうずけのくろうみつのりなり
景季、義村等奉行と爲し、巳剋、男子御産也。鳴弦�Aは平山右衛門尉季重、 上野九郎光範也。

わださえもんのじょうよしもり　ひきめやく　　そうら
和田左衛門尉義盛引目役�Bに候う。

しばらく　　　　　　えまのしろうどの　　みうらのすけよしずみ　　さはらのじうろうさえもんのじょうよしつら　のざのぎょうぶのじょうなりつな　　とうくろうもりなが
小時して、江間四郎殿、三浦介義澄、 佐原十郎左衛門尉義連、 野三刑部丞成綱、藤九郎盛長、

しもつまのしろうひろみき　　〔 あくごんのかみ　ごう　 〕　いじょうろくにん おんまもりがたな　けん
下妻四郎弘幹�C〔悪權守と号す〕已上六人 御護刀を献ず。

また　 いなばのぜんじ　 おやまのさえもんのじょう　　ちばのすけ　いか　ごけにん　おんうま　　ぎょけんら　　けん　　　　ごかじ　　　げんじゃら　これ　たま
又、因幡前司、 小山左衛門尉、 千葉介以下御家人御馬、御劔等を献ず。御加持の驗者等之を給はる。

はったのひょうえのじょうともしげ　　のざのさえもんのじょうよしなり　　さこんしょうげんよしなお おんうま　ひ　　　　かがのかみとしたか べつろく 〔ころも〕　　と
 八田兵衛尉朝重、　野三左衛門尉義成、 左近將監能直 御馬を引く。加賀守俊隆別祿〔衣〕を取る。

つぎ　　あののかずさ　　さいしつ 〔 あわのつぼね 〕 おんちづけ　 な　　さんじょう
次に阿野上総�Dの妻室〔阿波局〕御乳付�Eと爲し參上す。

にょぼうだいにのつぼね　こうづけのつぼね　しもうさのつぼねら　ごかいしゃくたるべ　　なり

女房大貳局�F、　上野局、�G下総局等、御介惜爲可き也。

つぎ　　ごみょうじ　　さだ　　あ　　　　　せんまんぎみ　　うんぬん
次に御名字の定め有り。千万君と云々。

参考�@在所の地頭之を請け取るは、受け取って代參をする。
参考�A鳴弦は、弓弦を鳴らして魔祓いをする。男の子には三度、女の子には二度鳴らす。
参考�B引目役は、蟇目とも書き、鏑矢の鏑の穴が正面から見ると蟇蛙の目に似ているから来ている。この鏑を振って鳴弦同様に音で魔祓いをする。
参考�C下妻四郎弘幹は、茨城県下妻市下妻。常陸大掾氏。建久四年(1193)十二月十三日に北條時政と争ったとして頼朝に殺される。裏に八田知家の暗躍が想像される。
参考�D阿野上総は、全成だがなぜ上総と書いてあるのか分からない。
参考�E御乳付は、最初に乳を含ませる役で乳母となる。
参考�F大貳局は、文治四年(1188)七月四日に信濃守遠光の息女が若公の面倒を見る役で幕府に上がり、九月一日に頼朝に対面して大貳局の名を貰っている。後の建暦三年(1213)五月七日には、和田の乱の後に陸奥國由利郡を貰っている。建保四年十一月二十三日金沢文庫の運慶作大威徳明王は、この人の発注による。
参考�G上野局、下総局は、不明。但しこの人達四人が実朝の乳母夫である。

まずは、鶴岡八幡宮に馬を二頭〔上下の宮〕千葉境平次常秀、三浦太郎景連がこれを引き連れて行きました。それ以外のほかの寺社へは、その存在する土地の地頭がこれを引き受けました。梶原景季と三浦義村が指示担当をして、午前十時頃に男の子（後の実朝）が生まれました。悪魔払いの弓の弦を鳴らす鳴弦役は、平山右衛門尉季重と上野九郎光範です。和田左衛門尉義盛が同様な悪魔祓いに鏃を抜いた蟇目の矢を空に向かって射ました。暫くして、江間四郎義時様、三浦介義澄、三浦佐原十郎左衛門尉義連、小野三郎刑部丞成綱、藤九郎盛長、下妻四郎弘幹〔すさまじい奴なので悪権守と呼ばれます〕の以上六人が、お守りの短剣を差し上げました。又、因幡前司大江広元、小山左衛門尉朝政、千葉介常胤を始めとする御家人が、馬や刀を差し上げました。加持祈祷に頑張った坊さんがこれを頼朝様から与えられました。八田太郎兵衛尉知重、小野三郎左衛門尉義成、大友左近将監能直が馬を引いてくる役でした。加賀守源俊隆がおまけの褒美〔衣〕を持ってきました。次ぎに阿野全成の妻〔阿波局政子の妹〕が初めて乳を飲ませる役で来ました。御所官女の第二局（加々美遠光の娘）、上野局、下総局が介添えをしました。次ぎに名前を決める儀式があり、千万君と名付けましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　わかぎみふたや　こと　　むさしのかみ　みうらのすけ さた　　　　うんぬん
建久三年(1192)八月小十日庚戌。若君二夜の事。武藏守、三浦介沙汰すと云々。

現代語建久三年(1192)八月小十日庚戌。若君の二夜目の儀式を武蔵守大内義信と三浦介義澄が負担しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　みや　　 こと　　しなののかみ　とうくろうもりなが　さた　　　　　うんぬん
建久三年(1192)八月小十一日辛亥。三夜の事。信濃守、藤九郎盛長沙汰すと云々。

現代語建久三年(1192)八月小十一日辛亥。若君の三夜目の儀式を信濃守加々美遠光と藤九郎盛長が負担しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　よつや　　 こと　　ちばのすけつねたね　これ　　さた　　　　うんぬん
建久三年(1192)八月小十二日壬子。四夜の事。 千葉介常胤 之を沙汰すと云々。

現代語建久三年(1192)八月小十二日壬子。若君の四夜目の儀式を千葉介常胤が負担しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　いつよ　　 こと　　しもうこうべのしょうじゆきひら　　さた　　　　 うんぬん
建久三年(1192)八月小十三日癸丑。五夜の事。 下河邊庄司行平 沙汰すと云々。

現代語建久三年(1192)八月小十三日癸丑。若君の五夜目の儀式を下河辺庄司行平が負担しましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　つるがおかかいろう　そとにわ　 をい　　　　ほうじょうえ　　すまい　　 うち　　とりて　これ　　め　　　けつ　　らる
建久三年(1192)八月小十四日甲寅。鶴岡廻廊の 外庭に於て、放生會の相撲の内の取手之を召し决せ被る。

とうのほうがんだい　ぶぎょう　 な　　　　 うんぬん
藤判官代 奉行を爲すと云々。

　　いちばん　　　ならのとうじ　　　　　　あらじろう
　一番　　奈良藤次　　荒次郎

　　にばん　　　　つるじろう　　　　　　　とうのつかめ
　二番　　鶴次郎　　　藤塚目

　　さんばん　　　いぬたけのごろう　　　しらかわのくろほっし
　三番　　犬武五郎　　白河黒法師

　　よんばん　　　さがらえのろく　　　　　けんじょうたろう
　四番　　佐賀良江六　兼仗太郎

　　ごばん　　　　しょしのさぶろう　　　　　こぐまのきた
　五番　　所司三郎　　小熊紀太

　　ろくばん　　　おにおう　　　　　　　　　あらせのごろう
　六番　　鬼王　　　　荒瀬五郎

　　ななばん　　　きろく　　　　　　　　　　おうづる
　七番　　紀六　　　　王鶴

　　はちばん　　　こちゅた　　　　　　　　せんじゅおう
　八番　　小中太　　　千手王

こんや　　わかぎみ むつや　ことなり　 いなばのぜんじ　 さた　　　　うんぬん
今夜、若公六夜の事也。因幡前司沙汰すと云々。

現代語建久三年(1192)八月小十四日甲寅。鶴岡八幡宮回廊の外庭で、十五日の生き物を解き放つ功徳の行事の放生会での、奉納相撲の取り手を決めるため、予選をさせました。大和判官代藤原邦道が担当指示しましたとさ。

　一番　奈良藤次　　対　荒次郎
　二番　鶴次郎　　　対　藤塚目
　三番　犬武五郎　　対　白河黒法師
　四番　佐賀良江六　対　兼仗太郎
　五番　所司三郎　　対　小熊紀太
　六番　鬼王　　　　対　荒瀬五郎
　七番　紀六　　　　対　王鶴
　八番　小中太　　　対　千手王

今夜は、若君の六夜目の儀式です。大江広元が負担しましたとさ。

説明先の名が勝ち、後は負け。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　つるがおかほうじょうえ　ぶがくなり　　しょうぐんけぎょしゅつな
建久三年(1192)八月小十五日乙卯。鶴岡放生會の舞樂也。將軍家御出無し�@。

かずさのすけよしかね　ほうへい　おんし　　な　　　　かいろう　　ちゃく　　けいえい　ぶがくら　あ
 上総介義兼 奉幣の御使と爲し、廻廊に着す。經營舞樂等有り。

　　 ぶどう
　舞童

　　ひだり　かなおう　　　たきぐす　　　みだおう　　　いずくま
　左　金王　　瀧楠　　弥陀王　伊豆熊

　　みぎ　　やしゃ　　　　かんのん　　　かめぎく　　　りょうじゅ
　右　夜叉　　觀音　　龜菊　　良壽

こんや　わかぎみしちや　こと　　おやまのさえもんのじょう　これ　さた　　　　　しょういぐんけなら　　 わかぎみ　 おんかたみな　おんうま　ぎょけんら　　けん
今夜若君七夜の事、 小山左衛門尉 之を沙汰す。將軍家并びに若公の御方皆、御馬、御劍等を献ず。

みだいどころ　おんかた　あや　ろくたん　すずし　さんりょう　しん　　　にょぼうちゅう　ちょうけんひゃっぴき　うんぬん
御臺所の御方、綾�A六段、生衣�B三領を進ず。女房中に長絹�C百疋と云々。

参考�@將軍家御出無しは、産穢のためであろう。参考經營は、宴会を用意する。
参考�A綾は、綾織（あやおり）の反物。織物組織である経緯（たてよこ）糸が、階段のように斜めに連続し、綾のようになっている織物。 
参考�B生衣は、生絹（すずし、きぎぬ）で生糸で織った絹織物。精練していないので張りがありごわごわしている。
参考�C長絹は、糊で張った仕上げの絹布。この生地で狩衣を作る。直垂仕立てもできた。

現代語建久三年(1192)八月小十五日乙卯。鶴岡八幡宮生き物を解き放つ功徳の行事の放生会の舞楽の奉納です。将軍家頼朝様は出席しません。足利上総介義兼がお参りの代理として、回廊に着きました。お祈りや踊りの奉納がありました。踊った稚児達は、

左側が、金王　滝楠　弥陀王　伊豆熊。
右側が、夜叉　観音　亀菊　　良寿

今夜は、若君のお七夜の儀式は、小山左衛門尉朝政が負担しましたとさ。将軍家頼朝様と若君に馬や刀を差し上げました。又、御台所政子様へは、綾織の反物六反、すずし絹の着物三枚分を差し上げました。御所の女官達には、長絹百匹（二百反）だそうです。

説明絹一疋は、幅一尺八寸（68cm）長さ二丈八尺(10.6m)布二反分。一反は幅九寸（34cm）長さ二丈八尺(10.6m)。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　やぶさめ　いか　れい　　ごと
建久三年(1192)八月小十六日丙辰。流鏑馬以下例の如し。

現代語建久三年(1192)八月小十六日丙辰。鶴岡八幡宮への流鏑馬などの奉納はいつもどおりです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　しょうぐんけ　ごさんじょ　　とぎょ　　　　　ふぼ　けんび　　　いてら　　　め　　　　　くさじし　　しょうぶ　あ　　　うんぬん
建久三年(1192)八月小廿日庚申。將軍家御産所に渡御す。父母兼備の射手�@等を召し、草鹿�Aの勝負有りと云々。

　　いちばん　　かじわらのさえもんのじょう　　ひきのいやしろう
　一番　 梶原左衛門尉　　比企弥四郎

　　にばん　　　みうらのひょうのえじょう　　　　おなじきたろう
　二番　 三浦兵衛尉　　　同太郎

　　さんばん　　ちばのひょうえのじょう　　　　　かじわらのひょうえのじょう〔 ぎょうぶじょう　こ 〕
　三番　 千葉兵衛尉　　　梶原兵衛尉　〔刑部丞が子〕

参考�@父母兼備の射手は、両親がそろっていることを吉と考え実朝の将来の縁起を担いでいる。
参考�A草鹿は、草で鹿の形を作り、ぶら下げて風に揺れているのを射る。歩立三物は、草鹿、大的（四角）、円物。

現代語建久三年(1192)八月小二十日庚申。将軍頼朝様は、奥様の出産場所名越の浜御所へ行かれました。
両親のそろっている縁起の良い射手を及びになり、草で鹿の形に編んだ的を射る「草鹿」の勝負をさせました。

　一番目は、梶原源太左衛門尉景季　対　比企弥四郎時員。
　二番目は、三浦平六兵衛尉義村　　対　三浦太郎景連。
　三番目は、千葉境平次常秀　　　　対　梶原兵衛尉景定〔梶原刑部烝朝景の息子〕

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　ぞうしき　なりさとは　　　たねんのこう　あ　　　　よつ　　みけしきかいぜん　　すこぶ　ごけにん と しょうれつな
建久三年(1192)八月小廿二日壬戌。雜色�@成里者、多年之功有り。仍て御氣色快然。頗る御家人与勝劣無し。

しか　　　さんぬ　なつ　　ころ たかい
而るに去る夏の比他界す。

こと　　ごたんそく　　　そ　　しそん　　たず　　らる　 のところ　　か　　 しそく　なりさわ　こ　　こと　　つた　　き　　　　　えっちゅう よ　　さんじょう
殊に御歎息。其の子孫を尋ね被る之處、彼の子息成澤此の事を傳へ聞き、越中國自り參上す。

きょう　はじ　　　　えつ　たてまつ　　じき　　れんみん　おお　　　こうむ　　　うんぬん
今日始めて謁し奉る。直に憐愍の仰せを蒙ると云々。

参考�@雜色は、侍身分より低いが武技はする。領地も無いので名字が無い。

現代語建久三年(1192)八月小二十二日壬戌。雑用の成里は、長い勤務に手柄があります。それなので頼朝様はとても気に入っておられます。
その事跡は御家人と比べても差が有りません。それが先だっての夏に他界しました。特にお嘆きです。
その子供を捜させたところ、その子の成沢がその話を伝え聞いて、越中(富山県)からやってまいりました。今日、初めてお会いになりました。直接哀れみのお言葉をかけられましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　にかいどう　　ち　はじ　　　　いけ　　ほられ　　　　ちけい　もとよ　　すいぼくそうおう　ところなり
建久三年(1192)八月小廿四日甲子。二階堂の地�@始めて池を掘被る。地形本自り水木相應の所也。

きんごく　　ごけにん　　　おお　　　　　おのおの　さんにん　ひっぷ　　　め　　　　うんぬん　　しょうぐんけかんりん　たま
近國の御家人�Aに仰せて、 各 三人の疋夫�Bを召すと云々。將軍家監臨し給ふ。

おかえりのとき　　およ　　　　ゆきまさのいえ　ににゅうぎょ　　　よしずみ いか すくろうのたぐい　いっしゅいっぺい　じさん　　　うんぬん
御歸之時に及び、行政之家�C于入御す。義澄以下宿老之類 一種一瓶�Dを持參すと云々。

参考�@二階堂の地は、鎌倉市二階堂の永福寺発掘現場。永福寺を二階堂と云ってる最初。
参考�A近國の御家人は、以前は近国といえば畿内近国を指していたが、ここでは鎌倉の近く（関東）を指している。
参考�B疋夫は、人足。
参考�C行政之家は、すでに二階堂にあったらしい。子供の代から二階堂と呼ばれるらしいが、吾妻鏡で名字として出てくるのは、嘉禎四年(1238)四月二日の二階堂出羽守行義、一回限りである。
参考�D一種一瓶は、肴一品と酒一瓶。この時代、酒は瓶から柄杓で銚子に移し、かわらけに注いで飲んでいたらしい。

現代語建久三年(1192)八月小二十四日甲子。二階堂永福寺の土地に、初めて池を掘らせました。地形は元々水や木の似合う土地です。
鎌倉近辺の御家人に命令して、それぞれ三人の作業員をよこさせましたそうな。
将軍頼朝様が現場の様子を監督に来ました。お帰りの時間に、主計允藤原行政の家へ立ち寄られました。三浦介義澄を始めとする大物連中が酒を一甕と肴一品を持ち寄りましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　しょうぐんけ　にかいどう　　とぎょ
建久三年(1192)八月小廿七日丁夘。將軍家二階堂へ渡御す。

　あわのあじゃりじょうくう　　　 でしそう　　　じょうげん　　め　　　どうまえ　　いけ　　りっせき　　こと　　　　おお　　あ　　され　　　うんぬん
阿波阿闍梨靜空が弟子僧の靜玄を召し、堂前の池の立石�@の事を、仰せ合は被ると云々。

がんせきすうじっか　　しょしょ よ　　これ　　め　　　よ　　　られ　　つ　　 て　たかおか　 な　　　　うんぬん
巖石數十果、所々自り之を召し寄せ被、積み而高岡�Aを成すと云々。

参考�@立石は、景石。
参考�A高岡は、永福寺跡整備公園内の池に面したベンチの南側にある土の小山が想定される。発掘調査時には一抱えほどの石を積んだ「蓬莱山」と思われる石積みが発見されている。現在は保存のため土をかぶせて小山にしている。

現代語建久三年(1192)八月小二十七日丁卯。将軍頼朝様が、二階堂の地へお出になられました。
阿波阿闍梨静空の弟子の坊主で静玄を呼んで、お堂の前に立てる「立石」の事を相談しました。大きな岩数十個を、あちこちから取り寄せられ、積んで山のような「高岡」をつくられましたとさ。

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吾妻鏡入門第十二巻