吾妻鏡入門第十六巻

正治元年(1199)己未八月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　つるがおかはちまんぐう　　ほうじょうえ　　ちゅうじょうけ ぎょさん な
正治元年(1199)八月小十五日乙亥。�ﾘ。 鶴岡八幡宮 の放生會。中將家御參宮無し。

ひょうごのかみひろもとあそん そくたい　おんし　　 な　　 しんぱい　　　　いえのこふたり　　ろうとうにじうにんとも　　あ　　　　　ろじ　　　かち　 ぎ なり
兵庫頭廣元朝臣 束帶で御使と爲し神拝す。家子二人、郎等廿人共に在り。路次は歩の儀也。

ちゅうじょうけ　　ことねりら　　まえ　　い　　　　　うんぬん
中將家の小舎人等前を行くと云々。

現代語正治元年(1199)八月小十五日乙亥。晴れ。鶴岡八幡宮の生き物を解き放つ仏教神事です。頼家将軍のお参りはありません。大江広元が、正装の束帯で使者として代参です。家族的従者二人と家来二十人がお供をしました。道は歩きです。将軍の小間使いが前を行きましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　くも　　はれ　　　ばば　　　やぶさめ　いげ　　　しんじ れい　　ごと
正治元年(1199)八月小十六日丙子。陰り�ﾘ。馬塲の流鏑馬以下の神事例の如し。

わだのさえもんのじょうよしもり　　かじわらのへいざかげとき ら　しそくろうじゅう　 あいひき　　　 ぐうじ　　　けいご
和田左衛門尉義盛、 梶原平三景時 等子息郎從を相卒ひ、宮寺を警固す。

現代語正治元年(1199)八月小十六日丙子。曇り時々晴れ。八幡宮での馬場での流鏑馬を始めとする神事は何時もの通りです。侍所長官の和田左衛門尉義盛と副長官の梶原平三景時は、子供達や家来を連れて、鶴岡八幡宮の警備をしていました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　くも　　　　あだちのくろうかげもり みかわのくによ　　きさん　　　　　もう　　　　い
正治元年(1199)八月小十八日戊寅。陰り。安達九郎景盛參河國自り歸參し、申して云はく。

すうじつ　か　　くに　　とうりゅうせし　　　えんりょ　　　めぐ　　　　　 ろうじゅうら を ほうぼう　　わか　　つか　　　　　 しげひろ　 おうこうの しょしょ　　 さが　　もと　　　　　いへど
數日彼の國に逗留令め、遠慮�@を廻らし、郎從等於方々へ分ち遣はし、重廣の横行之所々を搜し求めると雖も、

かね　　もっ　　ちくてん　　　　のかん　　そ　　　ゆくえ　　しらざる　　よっ　　　　きさん　　　　うんぬん
兼て以て逐電する之間、其の行方を知不に依て、歸參すと云々。

参考�@遠慮は、深慮遠謀のこと。

現代語正治元年(1199)八月小十八日戊寅。安達九郎景盛が、三河国から帰ってきて言うのには、「数日、その国に留まっていて、深く考えて、家来達をあちこちへ分けて行かせ、室平四郎重広の同行や行く先々を捜させましたが、来る以前に逃げてしまって、行方が分からないので、帰ってきたんだそうです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　 ざんねいのやからあ 　　　しょうじょ　こと　　よっ　　　　かげもりえんこん　のこ　 のよし これ　 うった　もう
正治元年(1199)八月小十九日己卯。�ﾘ。讒侫之族有り。妾女の事に依て、景盛怨恨を貽す之由之を訴へ申す。

よっ　 おがさわらのいやたろう　　わだのさぶろう　　ひきのさぶろう　　なかののごろう　　ほそののしろう　いか　　 ぐんしら を　いしのおんつぼ　めしあつ
仍て小笠原弥太郎、和田三郎、比企三郎、中野五郎、細野四郎已下の軍士等於石御壷へ召聚め、

かげもり　ちう　　べ　　　のよし　さた　あ
景盛を誅す可し之由沙汰有り。

ばん　 およ　　おがさわらはた　 あ　　　　　とうくろうにゅうどうれんさいの あまなわ　 たく　　おもむ
晩に及び小笠原旗を揚げ、藤九郎入道蓮西之甘繩の宅へ赴く。

こ　　とき　　いた　　　　かまくたちう　　そうし ら ほこ　　あらそ　きそ　　あつ
此の時に至り、鎌倉中の壯士等鉾を爭い竸い集まる。

これ　　よっ　　あまみだいどころ　にはか　もっ　もりなが　 たくに　とぎょ　　　　　ゆきみつ　もっ　　おんし　　な　　　　　うりん　　　もうされ　　い
之に依て 尼御臺所 俄に以て盛長の宅于渡御し、行光を以て御使と爲し、羽林に申被て云はく。

ばっか こうぎょののち　　 いくほど　　へず　　　　ひめぎみまたそうせい　　ひかんひとつのところ　あらず　いませんとう　このまる　　　これらんせいのみなもとなり
幕下薨御之後、幾程も歴不に、姫君又早世し、悲歎一之處に非。今鬪戰を好被る。是乱世之源也。

なかんづく　かげもり そ　よせあ　　　　　さき　 ひとこと　　れんみんせし　 たま　　　ざいか　　き　　　せし　　たま　　ば　　　われはや　 せいばい　たず　　　　べ
就中に景盛其の寄有り。先の人殊に憐愍令め給ふ。罪科を聞か令め給は者、我早く成敗を尋ねる可し。

こととはず　　　　　ちうりく　　くは　　らる　　は　　　さだ　　　 こうかい　 まね　　せし　 たま　　か
事問不に、誅戮を加へ被る者、定めし後悔を招か令め給ふ歟。

も　　　なお　　ついばつさる　べ　　ば　　　われ　 さき　 そ　　　や　　　あて　　べ　　　　うんぬん
若し猶、追罸被る可か者、我を先に其の箭に中る可しと云々。

しか　　かん　 しぶ　 なが　　ぐんぴょう　はっこう　 や　　られをはんぬ　およ　　かまくらちう　　そうどうなり　　ばんにんきょうふせざる　な
然る間、澁り乍ら軍兵の發向を止め被畢。　凡そ鎌倉中の騒動也。万人恐怖不は莫し。

ひろもとあそん　い　　　　　　　かく　　ごと　　こと　せんきな　　　あらず
廣元朝臣云はく。此の如き事先規無きに非。

しらかわいん　ごちゅあい　　ぎおんにょご　は　　みなもとなかむね　つまなり　しか　　　せんとう　　め　　　ののち　　なかむね　　おきのくに　　はいるさる　　うんぬん
白河院御寵愛の祗薗女御�A者、源仲宗の妻也。而るに仙洞に召す之後、仲宗を隱岐國へ配流被ると云々。

参考�@鳥羽院は、白河院の間違い。
参考�A祗薗女御は、�C盛の母といわれたが、実は女御の妹が白河院の子を産んだのが�C盛との説もある。

現代語正治元年(1199)八月小十九日己卯。晴れです。ゴマをすって人の悪口を告げる者がおります。妾を取られたことで、安達景盛が将軍頼家に対し、恨みを持っていると告げ口をしました。それなので、小笠原弥太郎長経、和田三郎朝盛、比企三郎、中野五郎能成、細野四郎を始めとする軍人武士を石を配置した中庭に呼び集めて、安達景盛を上意打ちにしてしまえと命令しました。夜になって、小笠原長経は、軍旗を掲げて、藤九郎盛長入道蓮西の甘縄の屋敷へ向かいました。この時になると鎌倉中の元気な武士たちが争って集ってきました。これを知った尼御台所政子様は急いで藤九郎盛長の屋敷へお渡りになられ、二階堂行光を使者として、左衛門督頼家様に申されました。「頼朝様がなくなられて幾日も過ぎないうちに、乙姫も早死にをし、悲観に暮れることが一つではありません。それなのに今、戦いを好むことは、世の乱れの元です。とりわけ安達景盛には、人気が有ります。先の将軍頼朝様も特に目を掛けておられました。罪があるというのならば、私がその内容を聞いて処分いたしましょう。良く調べもせずに、死刑にしようというのは、さぞかし後から後悔する元になることでしょう。もしそれでも、攻め滅ぼすつもりなら、まず私に向かって矢をあててからにしなさい。」とのことだそうです。そういう事になり、しぶしぶ軍隊の出発を止められました。全く鎌倉中を震撼させ、怖がらない人はありませんでした。でも大江広元が言いました。「このような女性問題は先例が無いわけじゃ有りませんよ。白河院は可愛がっていた妾の祇園女御が、源仲宗の妻なのですが、院の御所へ連れて行って、仲宗を隠岐国へ島流しにしました。」んだそうな。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 くも　　　　あまみだいどころ　もりながにゅうどう　 たくに ごとうりゅう　　かげもり　　め　　　　　おお　　られ　　い
正治元年(1199)八月小廿日庚辰。陰り。 尼御臺所 盛長入道の宅于御逗留。景盛を召し、仰せ被て云はく。

さくじつけいぎ　　くは　　　　いったん　　うりんのちょうぎょう　　と　　　　　　いへど　　　われすで　 ろうもうなり　　こうこんの すくい　　 おさ　　がた
昨日計議を加へ、一旦は羽林之張行を止めると雖も、我已に老耄�@也。後昆之宿意を抑へ難し。

なんじやしん　ぞんぜずのよし　 きしょうもんを うりん　　けん　　べ　　　　　しからば　 すなは　おんむね　 まか　 これ　 ささ
汝野心を存不之由、起請文於羽林に献ず可し。然者、即ち御旨に任せ之を捧ぐ。

あまみだいどころ　かんご　　　　　か　　 じょうを うりん　　けん　　せし　　たま　　　　こ　　ついで　　もっ　　もうされ　　い
 尼御臺所 還御し、彼の状於羽林に献ぜ令め給ふ。此の次を以て申被て云はく。

さくじつかげもり　　ちうされ　　　なぞら　　　　　　　そこつの　いた　　　　はなは　 ふぎなり
昨日景盛を誅被んと擬えるは、楚忽之至り。甚だ不義也。

およ　　とうじのけいさい　　みたてまつ　　　　　あえ　 かいだいのまもり　 もち　 がた
凡そ當時之形勢を見奉るに、敢て海内之守�Aを用い難し。

せいどう　　う　　　て　たみ　　うれ　　　　し　　　ず　　しょうろう　　ご　　　て　ひと　　そし　　　かえり　 ざるのゆえなり
政道に倦み而民の愁いを知ら不。倡樓に娯し而人の謗りを顧み不之故也。

まためしつか　ところ　さら　 けんてつのやから　あらず　おお　じゃねいのやから　な
又召仕う所、更に賢哲之輩に非。 多く邪侫之属を爲す。

なに　　　いはん　げんじ　ら は ばっか　　いちぞく　　ほうじょうはわが　 しんせきなり
何をか况や源氏等者幕下の一族。北條者我が親戚也。

よっ　　さき　　ひとしき　　　 ほうじょう　ほどこされ　 つね　　ざう　　 まね　　せし　 たま
仍て先の人頻りに芳情を施被、常に座右に招か令め給ふ。

しか　　　 いま　か　　やからら　 をい　　ゆうしゅな　　　あまりさ　みなじつみょう　よ　　　せし　　たま　　のかん　おのおの　もっ　　うら　　　　のこ　　のよし　し　　きこ　　あ
而るに今彼の輩等に於て優賞無く、剩へ皆實名を喚ば令め給ふ之間、 各　以て恨みを貽す之由其の聞へ有り。

しょせん　　こと　　をい　　よういせし　　たま　　ば　　 まつだい　 いへど　　 らんすい　 ぎ　あ　　べからざるのむね　　ふうかんのおことば　　つくさる　　　　うんぬん
所詮、事に於て用意令め給は者、末代と雖も、濫吹の儀有る不可之旨、諷諌之御詞を盡被ると云々。

ささきのさぶろうひょうえにゅうどう　おんし たり
佐々木三郎兵衛入道 御使爲。

参考�@老耄と、云っているが実は四十三歳、しかし当時は若年性死亡を除いて平均寿命は三十歳とも五十歳とも。
参考�A海内之守は、日本の治安維持。

現代語正治元年(1199)八月小二十日庚辰。尼御台所政子様は、藤九郎盛長入道の家に泊まっておられます。安達景盛をお呼びになって申されました。
「昨日、計略をつくし、一旦は頼家の強行な行為を止めましたが、私は年寄りなので、後日の恨み返しまで抑え付けられないでしょう。そなたが、野望を持っていないのなら、誓約書を頼家に差し出しなさい。」それなので、直ぐに言われたとおりに誓約書を書いて渡しました。
尼御台所政子様は、その誓約書を頼家に差し出しました。そのついでに言われたのは「昨日、安達景盛を殺そうとした事は、迂闊な行動です。とんでもない話だ。およそ近頃の様子を見ると世の中の治安維持にはとても使えません。政道に飽きてしまい、民の苦しみを考えず、遊女屋で遊んで、人からの批難も反省しないからです。又、貴方が重宝がっている連中は、馬鹿ばっかりで、しかも道理に外れた護摩すり共ばかりです。あきれて何も言えないが、源氏は頼朝様の一族だし、北条は私の親戚です。それで、前の将軍頼朝様は、お気に掛けておられ、いつでもそばにおいて相談相手にしていました。それなのに現在では、彼等を優遇する事も無く、そればかりか皆を実名で呼びつけているので、(実名で呼ぶのは縁起が悪いので)皆恨みに思っていると聞いています。結局、何事を行うにも、ちゃんと用心してかかれば、末代までも世の乱れはないものでしょう。」と諌めの言葉を尽くされました。使いは、佐々木三郎兵衛尉盛綱入道です。

九月へ

吾妻鏡入門第十六巻