吾妻鏡入門第十八巻

元久二年乙丑(1205)六月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　しょうぐんけ　　ごがん　　　な　　　　つるがおか　　をい　　いちにじう だいはんにゃきょう いちぶ　てんどくさる
元久二年(1205)六月小一日丁亥。�ﾘ。將軍家の御願と爲し、鶴岳宮に於て一日中 大般若經 一部を轉讀被る。

おんふせ　　　　　こんぎぬごじったん　　みうらのひょうえのじょうよしむら これ　　さた
御布施は、紺絹五十端。　三浦兵衛尉義村　之を沙汰す。

現代語元久二年(1205)六月小一日丁亥。晴れです。将軍実朝様の祈願として、鶴岡八幡宮で一日中続ける大般若経一部を略読みのお経を上げさせました。お布施は、紺色に染めた絹五十反で、三浦平六兵衛尉義村が、これを負担しました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　どうぐう　　りんじさい　れい　　ごと
元久二年(1205)六月小廿日丙午。�ﾘ。同宮の臨時祭例の如し。」

ゆう　　およ　　　はたけやまのろくろうしげやす　むさしのくによ　　さんちゃく　　　これ　　いなげのさぶろうしげなりにゅうどう　　これ　　まね　　よ　　　　　　　うんぬん
夕に及び、　畠山六郎重保、 武藏國自り參着す。是、 稻毛三郎重成入道　、之を招き寄せると云々。

現代語元久二年(1205)六月小二十日丙午。晴れです。鶴岡八幡宮の臨時のお祭りです。夕方になって、畠山六郎重保が、武蔵国菅谷館から到着しました。これは稲毛三郎重成入道が呼び寄せたからだそうな。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　まきのおんかた　ともまさ〔きょねんはたけやのろくろう　ため　　　あっこうされ　〕　　の　ざんそ　　　う　　　　　うっとうされ　　の　かん
元久二年(1205)六月小廿一日丁未。�ﾘ。牧御方、朝雅〔去年畠山六郎の爲に惡口被る〕之讒訴を請け、欝陶被る之間、

しげただおやこ　ちゅう　　べ　　　のよし　　ないない　けいぎ　あ　　　　 ま　　　えんしゅう こ　ことを そうしゅうなら　　 しきぶのじょうときふさぬしら　　おお　 られ
重忠父子を誅す可き之由、内々に計議有り。先ず遠州此の事於相州并びに式部丞時房主等に仰せ被る。

りょうきゃくもうされ　　い　　　　　　 しげただ　 じしょうよねん いらい　　もっぱ　ちうちょく　かん　 うだいしょうぐんそ　こころざし　かんが　たま　　　　よつ
兩客 申被て云はく。重忠、治承四年以來、專ら忠直の間、右大將軍其の志 を鑒み給ふに依て、

こういん　　まも　たてまつ　べ　　のむね　 いんぎん　おことば　 つか　　され　　ものなり
後胤を護り奉る可き之旨、慇懃の御詞を遣は被る者也。

なかんづく　きんごしょうぐん　みかたにそうら　　いへど　　　　よしかず　 かっせんのとき　　みかた　　まい　　そ　　 ちう　 ぬき
就中に金吾將軍の御方于候うと雖も、能員と合戰之時、御方に參り其の忠を抽んず。

これ　しかしなが　おんおやこ　れい　　おもん　　　のゆえなり　　　 〔しげただはえんしゅう　むこなり〕　　しか　　　 いま　　 なに　 もつ　いきどお　ほんぎゃく　くはだ　　　べ　　　や
是、併ら　御父子の礼を重ずる之故也。〔重忠者遠州の聟也〕而るに今、何を以て 憤り 叛逆を企てる可き哉。

も　　　たびたび　くんこう　　す　　　られ　　そこつ　　ちうりく　　くわ　　られ　　 ば　　 さだ　　　　こうかい　　およ　　べ
若し度々の勳功を弃て被、楚忽に誅戮を加へ被れ者、定めて後悔に及ぶ可し。

ぼんぷ の しんぎ　　 ただ　　ののち　　そ　　　　さた　　あ　　　　　　ていたい　　 べからざるか　 うんぬん　　えんしゅう　かさ　　ことば　いださずして　　ざ　　　た　　れる
犯否之眞僞を糺す之後、其の沙汰有るも、停滯する不可歟と云々。 遠州 重ねて詞を不出兮、座を起た被。

そうしゅう　またたいしゅつ　たま　　びぜんのかみときちか　 まきのおんかたのつかい　な　　　　そうしゅう　おんてい　おっ　 まい　　　　もう　　　　 い
相州、又退出し給ふ。備前守時親、　牧御方 之使と爲し、相州の御亭へ追て參り、申して云はく。

しげただ　 むほん　　ことすで　　はっかく　　　よつ　　きみ　　ため よ　　ため　　こと　　よしを えんしゅう　もら　 もう　　のところ　　いま　　きでん　　もうされ　　のおもむき
重忠が謀叛の事已に發覺す。仍て君の爲世の爲、事の由於遠州に漏し申す之處、今、貴殿が申被る之趣、

ひとへ　しげただ　あいかわ　　　か　　 かんきょく　なだ　 られ　　　ほつ　　　　これ　 ままはは　　あとう　　　ぞん　　　　われを ざんしゃ　しょされ　　ためか　　 うんぬん
偏に重忠に相代り、彼の奸曲を宥め被んと欲す。是、繼母の阿黨を存じ、吾於讒者に處被ん爲歟と云々。

そうしゅう　 こ　　　うえは けんりょ　　あ　　 べ　　　 のよし　　 これ　　もうされ　　　うんぬん
相州、此の上者賢慮を在る可き之由、之を申被ると云々。

現代語元久二年(1205)六月小廿一日丁未。�ﾘ。牧の方は、平賀朝雅「去年、畠山重保に悪口をされる」の讒訴を受けて、いらいいらと悩んでいたので、畠山重忠親子を征伐してしまおうと密かに相談しました。まず遠江守北条時政殿が北条義時と北条時房の両人を呼んでこの話をしました。

両人は、「畠山重忠は治承四年以来(幕府成立以来)忠義を現している。右大将(頼朝)はその志を理解していて、息子の保護者になってもらうため丁寧な言葉で依頼している。特に金吾将軍(頼家)の味方なのに、比企能員との戦の時は我々の味方に来て忠義に働いてくれたのは、北条時政との親子の義理を重んじたからです。〔畠山重忠は北条時政殿の婿である〕それなのに今、何を怒って反逆を企てる事がありましょうか。もし今までの彼の手柄や義理を捨てて、そこつに征伐をすれば後悔するに決まっている。事の真偽をきちんと調べてからでも何ら困ることはありません。」と云いました。云われて北条時政はそれ以上何も云えずに席を立ちました。

牧備前守時親が牧の方の使いとして、北條四郎義時の館へ来て、云いました。「畠山重忠の謀反はもう発覚している。だから将軍の為や国の為に北条時政に知らせたのに、あんたはまるで重忠に変わってそれをごまかそうとしている。これでは私が継母だから悪だくみをしていると讒言者にしようという訳か。」と。北条義時は「それならばもう一度考え直しましょう。」と云いました。

読下し　　　　　　　　　　　かいせい　とらのこく　かまくらじゅうきょうきょ　　　ぐんぴょう　ゆいがはまのへんに　きそ　　はし
元久二年(1205)六月小廿二日戊申。快�ﾘ。寅尅。鎌倉中 驚遽し、軍兵 由比濱之邊于 竸ひ走る。

むほんのやから ちゅうされ　べ　　　　うんぬん
謀叛之輩 誅被る可しと云々。

これ　 よつ　 はたけやまのろくろうしげやす　　ろうじゅうさんにん　ぐ　　 そ　　ところ　むか　のかん　 みうらのへいろくひょうえのじょうよしむら　おお　うけたまは
之に依て　畠山六郎重保　、郎從三人を具し其の所へ向う之間、 三浦平六兵衛尉義村　仰せを奉り、

　　さくまのたろう　ら　　　もつ　　　 しげやす　あいかこ　 のところ　　 しゆう　　あらそ　　いへど　　　 たぜい　　やぶ　　 あたはず
佐久滿太郎等を以て、重保を相圍む之處、雌雄を諍うと雖も、多勢を破るに不能。

しゅじゅうともに　ちゅうされ　うんぬん
主從共に誅被ると云々。

また　はたけやまのじろうしげただ さんじょうのよし　ふうぶんのかん　　ろじ　　　をい　　ちゅう　べ　　　のよし　　 そ　　　 さた　 あ
又、 畠山次郎重忠 參上之由、風聞之間、路次に於て誅す可し之由、其の沙汰有り。

そうしゅう いか しんぱつされ　　ぐんぴょう ことごと　もつ　　これ　したが　　　よつ　 ごしょちゅうに　しこうのやから すくな
相州已下進發被る。軍兵 悉く 以て之に從う。仍て御所中于祗候之輩 少なし。

ときに　もんちゅうじょ にゅうどうぜんしん　ひろもとあそんに　あいだん　　　い
時于 問注所 入道 善信、廣元朝臣于相談じて云はく。

すざくいん　　おんとき　　まさかどとうごく　　をい　　た　　　　すうじつのこうてい　　へだ　　　いへど　　　 らくよう　　 をい　　なおこかん　　ごと　　のかまへ　あ
朱雀院の御時、將門東國に於て起つ。數日之行程を隔つと雖も、洛陽に於て猶固關の如き之搆へ有り。

じょうとう　　じょうさい　りょうもん　〔もと　　　どもんなり　〕　はじ　　　 とびら　 た　　 られ
上東、上西の兩門〔元は土門也〕始めて扉を建て被る。

いはん　しげただ　しで　きんじょ　のぞ　きた　　　　　 か　　 なん　　ようい　　めぐら　　　　や　　うんぬん
矧や重忠已に近所に莅み來たらん歟。盍ぞ用意を廻さらん哉と云々。

これ　　よつ　　えんしゅうごぜん　そうら　　たま　　よんひゃくにんのそうし　　めしあがら　　　ごしょの　しめん　　かた　　られ　　　つぎ　　ぐんぴょうら　しんぱつ
之に依て遠州御前に候ひ給ひ、四百人之壯士を召上せ、御所之四面を固め被る。次に軍兵等進發す。

おおてだいしょうぐん　そうしゅうなり　　せんじん　かさいのひょうのじょうきよしげ
大手大將軍は相州也。先陣は 葛西兵衛尉�C重。

こうじん　さかのへいじひょうえのじょうつねひで　おおすがのしろうたねのぶ　　こくぶのごろうたねみち　　そうまのごろうよしたね　　とうのへいたしげたね なり
後陣は　堺平次兵衛尉常秀、大須賀四郎胤信、國分五郎胤通、相馬五郎義胤、東平太重胤也。

そ　　　ほか　　　　あしかがのさぶろうよしうじ　おやまのさえもんのじょうともまさ　みうらのひょうえのじょうよしむら　おなじきくろうたねよし　　ながぬまのごろうむねまさ
其の外は、 足利三郎義氏、 小山左衛門尉朝政、 三浦兵衛尉義村、　同九郎胤義、 長沼五郎宗政、

ゆうきのしちろうともみつ　　うつのみやのいやさぶろうよりつな　ちくごのさえもんのじょうともしげ　　あだちのとうくろううえもんのじょうかげもり　　ちゅうじょうのとううえもんのじょういえなが
結城七郎朝光、 宇都宮弥三郎頼綱、 筑後左衛門尉知重、 安達藤九郎右衛門尉景盛、 中條藤右衛門尉家長、

おなじきかりたのへいうえもんのじょうよしすえ　かのうのすけにゅうどう　　うさみのうえもんのじょうすけしげ　　はたののこじろうただつな　　　まつだのじろうありつね
同苅田平右衛門尉義季、 狩野介入道、宇佐美右衛門尉祐茂、波多野小次郎忠綱、松田次郎有經、

つちやのいやさぶろうむねみつ　かわごえのじろうしげとき　おなじきさぶろうしげかず　えどのたろうただしげ　しぶかわのむしゃどころ　　おのでらのたろうひでみち
土屋弥三郎宗光、河越次郎重時、　同三郎重員、 江戸太郎忠重、 澁河武者所、 小野寺太郎秀通、

しもこうべのしょうじゆきひら　　そのだのしちろうなら　　　　おおい　　しながわ　　かすかべ　　うしおだ　　かしま　　おぐり　　なめかたのやから
下河邊庄司行平、 薗田七郎、并びに大井、品河、春日部、潮田、鹿嶋、小栗、行方之輩。

こだま　　よこやま　　かねこ　　むらやまとう　ものども　　みなむち　　あ
兒玉、横山、金子、村山黨の者共、皆鞭を揚ぐ。

せきど　　だいしょうぐん　　しきぶのじょうときふさ　わだのさえもんのじょうよしもりなり　　　ぜんご　　ぐんぴょう　　うんか　　ごと　　して　　たま　　れつ　　の　　みち
關戸の大將軍�@は 式部丞時房、 和田左衛門尉義盛也。 前後の軍兵、雲霞の如く兮、山に列し野に滿る。

うまのこく　おのおの　むさしのくにふたまたがわ　　をい　　　しげただに　あいあ
午尅、 各、 武藏國 二俣河�Aに於て、重忠于相逢う。

しげただ　さぬ　じうくにち　おぶすまぐんすがややかた　い　　　　 いま　こ　　さわ　　つ　　なり
々々去る十九日 小衾郡　菅屋舘を出で、今此の澤に着く也。

おりふし　しゃてい　ながののさぶろうしげきよ　しなののくに　　あ　　　　おな　　　おとうとろくろうしげむね　おうしゅう　　あ
折節、舎弟 長野三郎重�Cは 信濃國に在り。同じく弟六郎重宗は 奥州に在る。

しか　かん　あいしたが　のやから　　じなん　こじろうしげひで　　ろうじゅう　ほんだのじろうちかつね　はんざわのろくろうなりきよ　いか　ひゃくさんじうよき
然る間相從う之輩は、二男小次郎重秀、郎從　本田次郎近常、 榛澤六郎成�C 已下百三十四騎。

つるがみねの ふもとにじん　　　　しか　　　しげやす　けさ　ちゅう　こうむ　のうえ　　ぐんぴょうまた しゅうらいのよし　　こ　　ところ　 をい　　これ　　き
 鶴峯�B之麓于陣す。而して重保今朝誅を蒙る之上、軍兵 又 襲來之由、此の所に於て之を聞く。

ちかつね　なりきよら　い
近常、成�C等云はく。

きく　　ごと　　んば　　うって　いくせんまんき　　しらず　　わがしゅうさら　くだん　いせい　てきしがた　　　はや　 ほんじょに ひ　　かえ
聞が如く者、討手幾千万騎を不知。吾衆更に件の威勢に敵難し。早く本所于退き歸り、

うって　　　あいま　　　　　かっせん　 と　　 べ　　　うんぬん　　　しげただ　い
討手を相待ち、合戰を遂ぐ可しと云々。重忠云はく。

そ　　　ぎ　　しか　　べからず　　いえ　わす　　おや　わす　　　　は　　しょうぐん　 ほんいなり　　したがって　しげやすちゅうされ　ののち　　ほんじょ　かえりみ　あたはず
其の儀は然る不可。家を忘れ親を忘れる者、將軍の本意也。 随而　重保誅被る之後、 本所を顧るに不能。

さぬ　　しょうじのころ　　かげとき いちのみや　やかた　じ　　　　とちゅう　 をい　 ちゅう　ふく　　　　ざんじのいのち　　おし　　　に
去る正治之比、景時 一宮の舘を辞し、途中に於て誅に伏す。暫時之命を惜むに似たり。

かつう　また　　かね　　いんぼう　くはだ　あ　　　　に　　　　　　　けんさつ　 はずべ　　か　　もっと　　こうしゃのいさめ　ぞん　　べ　　　うんぬん
且は又、兼て陰謀の企て有るに似たり。賢察を耻可き歟。尤も後車之誡と存ず可しと云々。

ここ　ぐんぴょうら　おそ　　きた　　おのおの　　いを　せんじん　　か　　ほまれをこうだい　　のこ　　　　　ほつ
爰に軍兵等襲い來る。各、意於先陣に懸け、譽於後代に貽さんと欲す。

そ　　　なか　　　あだちのとうくろううえもんのじょうかげもり
其の中に、安達藤九郎右衛門尉景盛、

のだのよいち　　 かせのじろう　　　あきまのたろう　　つるみのへいじ　　たまむらのじろう　　　よとうじ　ら　　　いんそつ　をはんぬ
野田与一、加世次郎、飽間太郎、鶴見平次、玉村太郎、与藤次等を引卒し畢。

しゅじゅうしちき　せんと　 すす　　 ゆみ　　と　　かぶら　さしはさ
主從七騎先登に進み、弓を取り鏑を挾む。

しげただ　 これ　 み　　　　　こ　　　きんごは　　　きゅうばほうゆう　 きゅうゆうなり　　ばんじん　 ぬき　　　いちじん　 おもむ
重忠、之を見て、此の金吾者、弓馬放遊の舊友也。万人を抜んで一陣に赴く。

なん　　これ　かんぜずや　　しげひで かにたい　　　いのち　かろ　　　　　べ　　　のよし　　げち　　くわ
何ぞ之を不感哉。重秀彼于對し、命を輕んずる可し之由下知を加う。

よつ　ちょうせんすうたん　およ　　かじのじろうむねすえ　いか　おお　　もつ　　しげただ　 ため　 ちゅうされ
仍て挑戰數反に及ぶ。加治次郎宗季已下多く以て重忠の爲に誅被る。

およ　　　きゅうせんのたたか　　 とうけんのあらそ　　　とき　　うつ　　　いへど　　　　そ　　しょうぶ　な　　のところ
凡そ、弓箭之戰い、刀劔之諍い、尅を移すと雖も、其の勝負無き之處、

さる　 ななめ　およ　　　　あいこうのさぶろうすえたかのはな　ところ　　や　　しげただ　　〔とししじゅうに〕　　　の　み　　あた
申の斜に及び、　愛甲三郎季隆　之發つ所の箭、重忠〔年四十二〕之身に中る。

すえたか　 すなは　か　くび　　 と　　　　 そうしゅうのじん　　けん
季隆、即ち彼の首を取り、相州之陣へ献ずる。

しか　　ののち　　こじろうしげひで　　〔としにじうさん、はは　うえもんのじょうとおもと　　　むすめ　〕　　なら　　　　ろうじゅうら　じさつ　　　　のかん　　こと　むい　　ぞく
而る之後、小次郎重秀〔年廿三。母は右衛門尉遠元の女〕并びに郎從等自殺する之間、縡無爲に屬す。」

参考�@關戸の大將軍は、関戸への道は鎌倉古道「上の道」を通って本町田で、又は途中目黒の交差連から矢倉沢往還を江戸方面へ向かえば長津田で、重忠の菅谷館への退路を断ち、挟み撃ちにできる。牧の方に口説かれて、いやいや出撃する割には用意周到すぎる。
参考�A二俣河は、武蔵国都築郡二俣川村で、現神奈川県横浜市旭区南部一帯。
参考�B鶴峯は、神奈川県横浜市旭区鶴ヶ峰1丁目。鎌倉古道「中の道」が通っている。

きょう　ひつじのこく　そうしゅうしつ　〔いがのかみともみつ　むすめ〕　だんしへいさん　　〔さけいちょうこれなり〕
今日、未尅、相州室〔伊賀守朝光の女〕男子平産。〔左京兆是也。〕

現代語元久二年(1205)六月小廿二日戊申。快�ﾘ。午前四時ごろ、鎌倉中が騒がしくなり、軍隊が由比ガ浜に競うように走って行く。「謀反人を征伐するんだ。」と云ってます。是を聞いて重保は従者三人を引き連れてそちらに向かったところ、北條時政殿に命じられた三浦平六兵衛尉義村が、佐久間太郎に重保を取り囲ませたので、戦いになりましたが、重保は多勢に無勢で主従共に殺されました。

重忠が鎌倉へ参上してくると噂が流れたので、途中で殺してしまおうと決まり、義時以下の軍隊が出発です。集った軍隊は全てこれと同道します。その時に問注所筆頭の三善善信が大江広元に相談して言うのには、朱雀院の時代に、将門が関東で反乱を起こしたとき、数日もかかるほど遠いところなのに、京都では万が一を考え、関を固めるように宮中の上東門と上西門〔元は土門だった〕に初めて扉を建てましたよ。それなのに畠山次郎重忠はすでに近いところまで来ているのだから、なんか準備をしておくべきだと思うよ。それなので軍隊が皆出ていってしまって万が一鎌倉を攻められるといけないので四百人の強い侍を呼び集め御所を守りました。それから軍隊は出発をしました。

大手の大将軍は北條四郎義時で、先陣は葛西清重、後陣は堺平次兵衛尉常秀、大須賀四郎胤信、國分五郎胤通、相馬五郎義胤、東平太重胤の千葉一族、そのほか足利三郎義氏、小山左衛門尉朝政、三浦兵衛尉義村、同九郎胤義、長沼五郎宗政、結城七郎朝光、宇都宮弥三郎頼綱、筑後左衛門尉知重、安達藤九郎右衛門尉景盛、中條藤右衛門尉家長、同苅田平右衛門尉義季、狩野介入道、宇佐美右衛門尉祐茂、波多野小次郎忠綱、松田次郎有經、土屋弥三郎宗光、河越次郎重時、同三郎重員、江戸太郎忠重、澁河武者所、小野寺太郎秀通、下河邊庄司行平、薗田七郎、それに大井、品河、春日部、潮田、鹿嶋、小栗、行方の連中や、兒玉、横山、金子、村山の武蔵七党の者達も皆、鞭を上げて出発しました。

もう一方の関戸の大将軍は時房と和田太郎義盛で雲霞のごとく軍隊が山や野に満ちています。

正午に武蔵国二俣川で重忠と出会いました。重忠は十九日に男衾郡菅谷館を出て今ここに来ました。弟の長野重清は信濃国にいます。もう一人の弟重宗は奥州にいます。ですから従っているのは、次男の重秀と郎從の本田近常、榛沢成清以下の百三十四騎で鶴ヶ峰の麓に陣取っています。しかしながら、重保が今朝攻め殺され、しかも軍隊が攻めてきている事をここで聞きました。近常と成清が云うには「聞くところによると討手は幾千万騎か分からない、しかも我々はそろっていないので、その勢いに相手をし難い。早く本拠に引き上げて仕度をして討手を待って合戦をしましょう。」と云いました。それを聞いた重忠が云うのには、「それはしかるべきでない。家を忘れ、親を忘れて戦うのが将の本来なり。よって重保が打たれた今、本拠を顧みることは無い。去る正治年間に梶原景時が寒川の館を退いて、都へ上がる途中で滅ぼされた。暫しの命を惜しんだ事になる。或いは又前から陰謀を企んでいたように思われるのを恥じと感ずべきだ。」

そこへ軍隊が襲い掛かってきました。皆意識を先陣を目指し、名誉を子孫に残そうと望みます。その中でも安達景盛は野田与一、加世次郎、飽間太郎(群馬県安中市)、鶴見平次、玉村太郎、与藤次などを引き連れ主従七騎で真っ先に進んで弓を取って鏑矢を取り出し手挟んでいます。

重忠はそれを見て、彼は私の弓馬の友である。それが沢山の人に抜き出て一番に来る。どうしてこれに感動せずにいられようか。重秀彼に対して命を掛けて来いと命じました。互いの戦いは何度にも及び、加治次郎宗季(丹党・飯能市)いか沢山の家人が重忠に討たれました。弓の戦いも刀剣の争いも時間がたっても決着が着きませんでした。しかし午後の四時半頃になって愛甲三郎季隆の射った矢が重忠〔年は四十二歳〕に当りました。季隆は直ぐに首を切って義時の本陣に届けました。その後重秀〔二十三歳で母は足立遠元の娘〕と郎從が自殺したので、無事に終わりました。

今日午前十時頃に、義時様の奥様〔伊賀守朝光の娘〕が男の子〔後の政村です〕を出産なされました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　ひつじのこく　そうしゅう いか かまくらに きさんされ　　　えんしゅう せんじょう　 こと　　たず　　もうされ
元久二年(1205)六月小廿三日己酉。�ﾘ。未尅。相州 已下鎌倉于歸參被る。遠州 戰塲の事を尋ね申被る。

そうしゅう　もうされ　い　　　　　　しげただ　おとうと　しんるい たいりゃくもつ　　たしょ　　あ　　　　　せんじょうにあいしたが　のもの　わずか　ひゃくよやからなり
相州申被て云はく。重忠が弟、 親類 大略 以て他所に在り。戰塲于相從う之者、僅に百餘輩也。

しからば　 むほん　 くはだ　こと　　すで　　きょたんたり　　も　　　ざんそ　　よつ　　　　ちゅうりく　　あ　　か　　はなは　もつ　　ふびん　　くび　　き　　じんとうに　もちきた
然者、謀叛を企つ事、已に虚誕爲。若し讒訴に依て、誅戮に逢う歟。太だ以て不便。首を斬り陣頭于持來る。

これ　　み　　 ねんらい　ごうがんのむつみ　わすれず　　ひるい　きん　 がた　　　うんぬん　 えんしゅう おお　 らる　　のむね　な　　　　うんぬん
之を見て年來の 合眼之眤 を不忘。悲涙禁じ難しと云々。遠州 仰せ被る之旨無しと云々。」

とりのこく　かまくらじゅうまたそうどう　　　これ　 みうらのへいろくひょうえのじょうよしむら　 かさ　　　　しりょ　　めぐ　　　　　　きょうじがやつぐち　　をい
酉尅。鎌倉中又騒動す。是、　三浦平六兵衛尉義村 、重ねて思慮を廻らし�@、經師谷�A口に於て、

はか　　て　はんがやつのしろうしげとも　　おな　　ちゃくなんたろうしげすえ　　じろうすえしげ　ら　　う　　　なり
謀り兮　榛谷四郎重朝　、同じき嫡男太郎重季、次郎季重等を討つ也。

いなげのにゅうどう　　おおかわどのさぶろう　ため　ちゅうされ　　 しそく　おざわのじろうしげまさは　　 うさみのよいち　これ　ちゅう
稻毛入道は、大河戸三郎の爲に誅被る。子息小澤次郎重政者、宇佐美与一之を誅す。

このたび　 かっせんのおこ　　　　　ひとへ　か　　しげなりほっしの　ぼうきょく　　あ　　　　いはゆる　　うえもんのごんのすけともまさ　　はたけやまのじろうを　いこん　あ　　のかん
今度の合戰之起りは、偏に彼の重成法師之謀曲に在り。所謂、 右衛門權佐朝雅、　畠山次郎 於遺恨有る之間、

か　　 いちぞくほんぎゃく　たく　　のよし　　しきり　まきのおんかた〔えんしゅう　　しつ〕　に ざん　 もう　　　　　よつ
彼の一族反逆を巧む之由、頻に 牧御方〔遠州が室〕于讒し申すに依て、

えんしゅう　ひそか　こ　ことを　いなげ　　　しめ　 あわされ　 のかん　　いなげ しんぞくのよしみ　 へん　　　 とうじ　かまくらじゅう　へいき　あ　　　のよし　　しょうそこ　 つき
遠州、潜に此の事於稻毛と示し合被る之間、稻毛親族之好を變じ、當時鎌倉中に兵起有る之由、消息に就テ、

しげただ　とちゅう　をい　　 ふい の おうし　　　あ　　　　ひともつ　　ひかんせず　　な　　　　うんぬん
重忠途中に於て不意之横死に逢う。人以て悲歎不は莫しと云々。

参考�@三浦平六兵衛尉義村 、重ねて思慮を廻らしは、これで、三浦一族としては、衣笠合戦の義明の仇討ちが完成した(けじめをつけた)ことになる。又、この事件によって秩父一族は分散し、小土豪となってしまう。
参考�A經師谷は、鎌倉市材木座2丁目の長勝寺の東の谷と赤星直忠先生の本にある。

現代語元久二年(1205)六月小廿三日己酉。�ﾘ。午後二時頃義時以下の軍隊が鎌倉へ帰ってきました。時政殿は合戦の状況を尋ねました。義時様が話されるには「重忠の弟や親類は皆遠くの所領に行ってました。戦場に従ってきたのは僅かに百騎少々だけでした。これを見れば謀反があると云うことは、虚言である。これは讒訴によって征伐されたことであり、非常に気の毒である。首を切って陣で検査のために、これを見たときに今までの目を合わせた友人の親しみを忘れられず、悲しみの涙を止められなかった。」と云いました｡時政は何も云えませんでした。

午後六時頃になって、鎌倉で又騒動がありました。三浦義村はなお良く考え直して、経師谷(きょうじがやつ)入口で、だまして榛谷重朝と嫡男の重季と次男の秀重を殺しました。稲毛重成は大河戸三郎行元に討たれ、子供の小澤重政は宇佐美与一が打ち殺しました。今度の戦の原因は全て稲毛のずるい策略にあるのだとさ。ようするに、右衛門権佐平賀朝雅が、畠山次郎重忠に恨みがあるので、重忠一族が反逆を考えていると、盛んに牧の方〔北條時政殿の妻〕に告げ口をしたから、北條時政殿は、内緒で稲毛三郎重成に打ち合わせてみたところ、稲毛三郎重成は親戚同士の義理を捨てたので、今鎌倉に戦が起こったのでと手紙を出したのが原因で、重忠は鎌倉への途中で死ぬ事になってしまったのだ。皆畠山次郎重忠の死を惜しんで嘆かない人はいないからだとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　かんとう　　くにぐに　　しゅご　　 けんだん　　ぢとう　　　しょむ　いか　　　こと
元久二年(1205)六月小廿六日壬子。關東の國々の守護の檢斷、地頭の所務以下の事、

せんき　　まか　　　　げんみつ　　さた いた　　べ　　　のよし　　おお　　あ　　　　うんぬん
先規に任せ、嚴密の沙汰致す可き之由、仰せ有りと云々。

現代語元久二年(1205)六月小二十六日壬子。関東の支配する国の守護の検地は、地頭の取り分始めとする権利は、以前の決まり通りにちゃんと処理するように、命令を出されましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　むさしのくに　くげごう　　　　もっ　　　しょうちょうじゅいんみろくどうりょう　 きしんさる　　　　うんぬん
元久二年(1205)六月小廿八日甲寅。武藏國久下郷�@を以て、勝長壽院弥勒堂領に寄進被ると云々。

参考�@久下郷は、埼玉県熊谷市久下。熊谷直実のおばの亭主の地。本所は将軍家ー勝長寿院が領家か？

現代語元久二年(1205)六月小二十八日甲寅。武蔵国の久下郷を、勝長寿院の弥勒堂に寄付されましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そうしゅう　つるがおかぐそうら　　くっ　　　　　　いちにちじょう　だいはんやきょういちぶ　　てんどくさる
元久二年(1205)六月小廿九日乙夘。相州、鶴岳供僧等を屈して、一日中の 大般若經 一部を轉讀被る。

ごすくがん　あ　　　　　　こと　　たんせい　　こ　　　さる　　　　うんぬん
御宿願有りて、殊に丹誠を凝ら被ると云々。

現代語元久二年(1205)六月小二十九日乙卯。相州北条義時は、鶴岡八幡宮の坊さん達に命じて、一日中続ける大般若経一部を略読みのお経を上げさせました。願い事があるので、特に丁寧にさせましたとさ。

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吾妻鏡入門第十八巻