吾妻鏡入門第十八巻

元久二年乙丑(1205)十月小

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　するがのぜんじすえとき　　きょうとしゅご　　　な　　じょうらく
元久二年(1205)十月小十日癸亥。駿河前司季時�@、京都守護と爲し上洛す。

参考�@駿河前司季時は、中原。掃部頭中原親能の子。後に出家して行阿。

現代語元久二年(1205)十月小十日癸亥。駿河前司中原季時は、京都駐在外交官兼治安守護として、京都へ上りました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　ごじょうほうがんありのり　　ししゃ　きょうとよ　　 さんちゃく　　　もう　　　　 い
元久二年(1205)十月小十三日丙寅。�ﾘ。五條判官有範�@が使者京都自り參着し、申して云はく。

さんぬ　ふつかねのこく　えいざん ほけどう　　わたろう　　ほうか
去る二日子尅、叡山法花堂の渡廊に放火。

こうどう　　しおういん　　 えんめいん　　ほけどう　　　　じょうこうどう　　もんじゅろう　 ごぶついん　 じっそういん　　じょうろくどう　　ごだいどう　　みきょうぞう　　こくう　ざおう
講堂、四王院、延命院、法花堂、常行堂、文殊樓、五佛院、實相院、丈六堂、五大堂、御經藏、虚空藏王、

しょうじゃ　みなみたに　ひがんじょ　えんゆうぼう　　ごくらくぼう　　かしゅうぼう　　みなもっ　 かいじん　 な
惣社、南谷、彼岸所、圓融坊、極樂坊、香集坊、皆以て灰燼と爲す。

よえん　ちうどう　　およ　　　　　 ほっ　　のかん　　ほんぞん　 じうにしんしょうどう　　ずいじきどう　　　わた　たてまつ　をはんぬ
餘炎中堂に及ばんと欲す之間、本尊、十二神將像、随自喜堂へ渡し奉り　畢。

ぜんとういん　しょうきょうほうもつら　　ほっけじょうこうどう　　　　と　　　だ　　たてまつ　くようほう　　　じきどう　　をい　 これ　　しゅう
前唐院の聖教寳物等、 法花常行堂から取り出し奉り、供養法、食堂に於て之を修す。

ほうか　　こと　　どうしゅ　　しょぎょうかのよし　　　そ　　うたが　あ　　　　　うんぬん
放火の事、堂衆の所行歟之由、其の疑い有りと云々。

とうざん　　　　かんむてんのう　　おんうえんりゃくよ　〔ろく　　〕　ねんきのとうししちがつはつか　でんぎょうだいしこれ　きょうし　　　　こんぽんちうどう　　そうそう　　　　いこう
當山は、桓武天皇の御宇延暦四〔六｜〕年乙丑七月廿日、 傳教大師之を經始し、根本中堂を草創して以降、

すざくいん　　じょうへいごねんきのとひつじ　さんがつじうろくにち　かさい　　ちうどう　　〔ほんぞんこれ　　と　　　　だ　　たてまつ　　〕　　いか　どうしゃそうぼう　しじうよかしょ　しょうぼう
朱雀院の承平五年　乙未　 三月十六日、 火災。中堂〔本尊之を取り出し奉る〕巳下堂舎僧坊四十餘ケ所燒亡。

むらかみてんのう　こうほうにねんきのとうし　じうがつにじうはちにち　つちのえね　いのこく　　えんりゃくじこうどう　　もんじゅろう　　えんめいいんのほんどう　　ほっけざんまい
村上天皇の康保二年　乙丑　十月廿八日　 戊子　亥尅。延暦寺講堂、文殊樓、 延命院之本堂、 法花三昧、

じょうぎょうざんまいどう　しょうろうおよ　そうぼうら さんじういちう　いちじ　　しょうしつ　　　　　ひ　　　い　　　　　　　こざす　きっけいぼう　　をい
常行三昧堂、鐘樓及び僧坊等卅一宇、一時に燒失す。火の出づるは故座主喜慶坊に於てなり。

ただ　　しおういん してんぞう　　きたかたぞう わずか　あ　　　いへど　　　こしよ　　　や　　　た　　　　　あたま　あしすで　わか　　　 み　　　もの ひるい　　ぬぐ　　　 うんぬん
但し四王院四天像。北方像 僅に存ると雖も、腰自り燒け絶へ。頭と足已に別れ。見る者悲涙を拭うと云々。

しか　　　　ことし　また　きのとうしどしに あた　　　じうがつ こ　わざわい あ　　　　　 ふしぎ　　　 い　　　　べ　　　　か
而るに今年又、乙丑歳于當り、十月此の災 有り。不思議と謂ひつ可き歟。

参考�@五条有範は、平氏らしい。一条能保の家人であり、御家人でもあった。平賀朝雅追捕に当たり檢非違使に任命され判官と呼ばれる。

現代語元久二年(1205)十月小十三日丙寅。晴れです。五条判官平有範の使いが京都から到着して申しあげました。先日の二日の子の刻(夜中の十二時)に、比叡山の法華堂に放火され、講堂・四王院・延命院・法華堂・常行堂・文殊楼・五仏院・実相院・丈六堂・五大堂・御経蔵・虚空蔵王・総社・南谷・彼岸所・円融房・極楽房・香集房など全て燃えて灰となりました。炎が根本中堂にも迫っていたので、本尊・十二神将像を随自喜堂へ運び移し終えました。前唐院のお経や宝物は、法華堂や常行堂から取り出して、供養の儀式を食堂で行いました。

放火犯については、下働きの僧兵達の行いではないかとの疑いがあるそうです。

比叡山は、桓武天皇の時代の延暦四(785)〔六年〕年（実は延暦七年788）乙丑七月二十日に、伝教大師最澄が始め、根本中堂を建てて以来、朱雀院の承平五年(935)乙未三月十六日に火災で、中堂〔本尊は取り出しました〕以下お堂も舎屋も坊さんの宿舎僧房も四十か所以上が燃えつきました。村上天皇の康保二年(965)乙丑十月二十八日戊子、亥の刻(午後十時頃)延暦寺講堂・文殊楼・延命院の本堂・法華三昧堂・常行三昧堂・鐘楼と坊さんの宿舎僧房三十一あ、いっぺんに燃えてしましました。出火基は無き長官の喜慶房ででした。但し、四天王院の四天王像と北方を守る玄天上帝像が残りましたが、腰のあたりが焼けてなくなり、頭と足とが別々になっております。見た人は涙をこぼさずにいられませんでしたとさ。

そんな歴史があったのに、今年は又乙丑の年に当たって、十月にこの災難にあいました。何かの因縁かと不思議に思わずにいられません。

十一月へ

吾妻鏡入門第十八巻