吾妻鏡入門第廿一巻

建暦三年癸酉(1213)三月大

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そらはれ　 このたび　ほんぎゃく　ちょうほん　いずみのこじろうちかひら　すじかえばしに いんきょのよし
建暦三年(1213)三月大二日癸夘。天�ﾘ。今度の叛逆の 張本　 泉小次郎親平、 違橋于　隱居之由、

そ　 　きこ　　 あ　　　　　よつ　　　　くどうのじうろう　　つか　　　　めさる　　ところ　　ちかひら そう　な　　　かっせん　くはだ
其の聞へ有るに依て、工藤十郎を遣はし召被る處、親平左右無く合戰を企て、

くどう なら 　　 ろうじゅうすうやから　さつりく　　　すなは　ちくてん　　　　のかん　　か　　　ぜんと　　 さへぎ　　 ため　　かまくらじうそうどう
工藤并びに郎從數輩を殺戮し、則ち逐電する之間、彼の前途を遮らん爲、鎌倉中騒動す。

しかれども　つい　　もつ　 そ　　　ゆくえ　　 しれず　　 うんぬん
然而、遂に以て其の行方を知不と云々。

現代語建暦三年(1213)三月大二日癸卯。空は晴れです。今度の謀反人の張本人の泉小次郎親平は、筋替橋のあたりにかくれているとの噂があるので、工藤十郎を派遣して呼びつけたところ、親平はためらいなく戦い始めて、工藤とその子分を殺して、たちまち逃げてしまったので、その逃げるのを止めようと鎌倉中が大騒ぎになりました。しかしとうとう行方知れずになってしまいましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そらはれ　 だんじょうだいひつなかあきらそん　　ししゃ きょうと よ 　とうらい　　　　さんぬ　つき　にじうしちにち かんいんせんこう
建暦三年(1213)三月大六日丁未。天霽。 彈正大弼仲章朝臣 が使者京都自り到來す。去る 月　廿七日　閑院遷幸。

こんやすなは　ぞうえい　しょう　 おこな　らる　　　 しょうぐん　　しょうにい　　 じょ　　たま　　　　よっ　　そ　　　じしょ　　おく　　しん
今夜即ち造宮の賞を行は被る。將軍、正二位に敍し給ふ。仍て其の除書を送り進ず。

しょうにいみなものとのさねとも　　じゅにいとうのみつちか　〔しょうけい〕　　しょうごいげたいらのよしとき　おなじきあそんさがみのくに　ちょうにん
　正二位源實朝。　 從二位藤光親〔上卿〕。正五位下平義時。 同朝臣相摸國を重任す。

こ　　　ほか ごんのべんつねたか　たいふさかんくにむね　　けびいし　あきまさ　　しょう　　お　　　　　もう　　う　　　べ　　　　　うんぬん
此の外　權弁經高、　大夫史國宗、檢非違使明政が賞は遂つて申し請く可しと云々。

せんこう　　 ぐぶ　　　くぎょう
遷幸の供奉の公卿、

ないだいじん　 うだいしょう　　だいなごんさんにん　〔みちてる　　もろつね〕　　ちうなごんよにん　 〔 ただふさ　　まさちか　　 さねのぶ　　 ありまさ〕　　　　さんみふたり　〔いえよし　　みちかた〕
内大臣、右大將、大納言二人〔通光、師經〕、中納言四人〔忠房、雅親、實宣、有雅〕、三位二人〔家良、通方〕。

このえ　　　じしょう　　ひだりくにん　〔すけいえ　　ただむね　　まさとし　　いえゆき　　みちとき　　 きんかく　　 きんとし　　 さだちか　　 ためいえ〕
近衛の次將、左九人〔資家、忠宗、雅俊、家行、通時、公赫、公俊、定親、爲家〕、

みぎはちにん　〔きよのぶ　　まさのぶ　  きんかた　 　よりふさ　　　いえのぶ　  さねとき　　 あつみち　　むねひら〕
右八人〔�C信、雅信、公賢、頼房、家信、實時、敦通、宗平〕。

かしこどころ　いえかね　もろすえ　むねのぶなり　 ぎょうこうののち　 むねのぶみづか　はし　 まい　　　かしこどろにゅうぎょのよし　ほう
 賢所 は家兼、師季、宗宣也。行幸之後、 宗宣 自ら奔り參り、賢所入御之由を奏ず。

しゅじょう ごけいしん　　れいあ　　　のかん　　すいとう　　もっ　　い　　たてまつ　べ　　 のよし　　なおざり　　 げち
主上 御敬神の礼有る之間、出納を以て入れ奉る可し之由、等閑に下知す。

しか　　　 すいとう　　かんたい　よっ　　そ　　 よし　　つた　　　　ず
而るに出納の緩怠に依て其の由、傳はら不。

むねのぶ　かしこどろ　　そ　たてまつ　　よもすがら ひがしもん　そうら　　　だ　　　ぎ ら をは　 たいしゅつ　　 くぎょうこれ　　み　　おどろ　なが　 あいたず
 宗宣　賢所を副へ奉り、 終夜 東門に候う。攤�@の儀等訖り退出する公卿之を見て驚き乍ら相尋ぬ。

むねのぶちん　　　　　ところな　　　　さら　 ひそか　これ　 い　 たてまつ
宗宣陳ずるに所無く、更に密に之を入れ奉る。

参考�@攤は、サイコロ目の大小で勝負を決める遊戯のひとつ。

また　　ぞうえの さい　　こうし これ　　はし　　いとな　　　よっ　 でんしゃ　　た　　　　　ののち　　さしず に そうい の ことこれおお
又、造宮之際、公私之を奔り營む。仍て殿舎を建てる之後、指圖于相違之事之多し。

また　　まかずら　まえまえ　　ぎ　　　にず　　　つく　 あらた　 のことたびたび　およ
亦、間數等前々の儀に似不。作り改む之事度々に及ぶ。

みなみどの　ま　　ちんざ　 さしはさ　まかず かぎ　　あ
南殿の間の陳座を挾み間數限り有り。

ある　　　みなみ　い　　　こにわ　な　　　　 ある　　　　きた　　い　　きょうらいもんら な　　 ことなり　　つい　 もっ　きょうれいもん　きた　　む　　　らる
或ひは南に出で小庭無く、或ひは北に出で恭礼門等無き事也。遂に以て恭礼門を北へ向け被る。

ぎょうこう　 よ 　　きよのりあそんぶぎょう　　な
行幸の夜、�C範朝臣奉行を爲す。

べんのつねたか　め　　　にはか　みなみどの　にしかい　やぶ　　　ほぼ そ　きざはし　みなみ　すのこ　　ちうおう　　これ　　よ　　　　　　〔たまりみず　　しめ　　　　　さ　　　　　　ためなり〕
 弁經高を召し、俄に 南殿の西階を破り、略其の 階を南の簀子の中央、之に寄す。〔溜水の濕りを去けん爲也。〕

ながはし　みなみいた いちまいこれ　はな　 きた　 し
長橋の 南板　一枚之を放ち北に敷く。

そ　　　あと　　ひろかべ　　しもざ　　な　　　なり　　はしらあ　　　いへど　　　はし　 とお　　ぜんざ　　つ　　　べ　　　のゆえなり
其の跡、弘壁の下座と爲す也。柱有りと雖も、橋を通り前座に着く可き之故也。

こ　　 ほか　　しょしょおお　 もっ　　これ　 あらた　らる
此の外、所々多く以て之を改め被る。

さんぬ　つきにじうごにち　〔ぎょうこういぜん〕　じょうこうごらんあ　　　 いへど　　　おぼ　　め　　　さだ　　られざるか
去る月廿五日〔行幸以前〕上皇御覽有りと雖も、思し食し定め被不歟。

また　　　ひごろ がくあ　　　べ　　　　　と　　　じんぐち　　とりい あ　　　べ　　　　と　　　ひとびと　　とはる
又、日來額有る可きか乎。陣口の鳥居有る可きか乎。人々に問被る。

おのおの　しか　べからずのよしもう　　　　　よっ　　　　 さた　な　　　　　うんぬん
各、然る不可之由申すに依て、沙汰無しと云々。

かく　じょうじょう　なかあきらあそんちう　もう　ところなり　　しょうぐんけ みづか　ひらんせし　　たま　　　　うんぬん
此の條々、仲章朝臣注し申す所也。將軍家 自ら披覽令め御うと云々。

現代語建暦三年(1213)三月大六日丁未。空は晴れました。弾正大弼源仲章さんの使いが京都から来ました。先月の二十七日に後鳥羽院は隠居へ引っ越しました。その夜すぐに、建築努力への表彰を行いました。将軍実朝様は正二位に上がりました。そこでその人事措置通知書をお送りします。

正二位は源実朝。従二位は藤原葉室光親〔政務指導者の上卿〕。正五位下は平義時、義時さんは相模国に管理を任せます。このほか、権弁経高・大夫史小槻国宗・検非違使の明政への表彰は追って申請に任せますとのことでした。

引っ越しの行列のお供をした公卿は、内大臣・右大将・大納言二人〔久我通光・師経〕、中納言四人〔忠房・雅親・実宣・有雅〕、三位二人〔家良・通方〕、近衛の次将、左九人〔資家・忠宗・雅俊・家行・通時・公赫・公俊・定親・為家〕右八人〔信清・雅信・公賢・頼房・家信・実時・敦通・宗平〕

三種の神器は、家兼・師季・宗宣です。上皇の行列の後に、宗宣は自ら走って来て、三種の神器は持ってきましたと報告しました。上皇は神仏への礼儀的慣習として、雑具の出し入れ担当の出納が入れなおすべきだとなんとなく命じました。しかし出納が怠けていてその事は伝わりませんでした。宗宣は、三種の神器を持ってそのまま一晩中東門に待っていました。サイコロ遊びが終わって、帰って行く公卿がこれを見て驚きながら訳を聞きました。宗宣は説明の仕様がないので、内緒で三種の神器を隠居所へ運びました。

また、建設に際し、上皇も公卿たちも急いでやらさせたので、建築後も支持違いが多かったのです。だもんで、間数なども以前とは違ってしまいました。途中での設計変更も何度もありました。

南殿の間も、上皇の席を挟んだ間数も足りないし、又南側には庭が無くて、又北側には恭礼門もありません。やっとのことで恭礼門を北へ向けさせました。

上皇のお越しの夜、清範さんが指揮を執りました。弁官の経高を呼んで、突然南殿の西の階段を外して、それを南の簀子の真ん中に取り付けました〔水たまりをよけるためです〕。渡り廊下用の橋の南の板一枚をはがして北に敷いた。その跡は壁なしの下座にしました。柱はあっても橋を通って前の座に座るためです。

この他にも、あちこち多くの場所を造り変えました。先月の二十五日〔引っ越し前〕に後鳥羽上皇がご覧になりましたけど、特に指摘は思いつかなかったんですかね。また、門に額を付けるべきか、侍の入り口に鳥居を建てるべきかを、人々にお聞きになりました。それぞれ必要ないでしょうと云ったのでやめましたとさ。

これらの話を源仲章さんが書いてよこしたところです。将軍実朝様は自らこれをお読みになりましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そらはれ　 かまくらちゅう　へいおき　のよし　　しょこく に ふうぶんのかん　　えんきん　　ごけにんぐんさん　　　　いくせんまん　 しらず
建暦三年(1213)三月大八日己酉。天霽。鎌倉中に兵起る之由。諸國于風聞之間。遠近の御家人群參し、幾千万を知不。

わだのさえもんのじょうよしもり　　ひごろ かずさのくにいほうのしょう あ　　　　こ　　　こと　　よつ　　は　　 さん　　　  きょう　　ごしょ　　さんじょう　　　　ごたいめん　あ
和田左衛門尉義盛、日來上総國伊北庄に在り。此の事に依て馳せ參じ、今日御所へ參上し、御對面有り。

そ　　 ついで　もつ　　　 かつう　るいじつ　ろうこう　　かんが　　　かつう　しそくよしなお　 よししげら かんぱつ　 こと　　うれ
其の次を以て、且は累日の勞功を考へ、且は子息義直、義重等勘發の事を愁う。

よつ　　いま　　さら　 ぎょかん あ　　　　　　　 さた　　　へらる　　　  およばず　　　　ちち　　すうどの くんこう　 つの　　　　か　　　りょうそくのざいめい　　のぞ　　らる
仍て今、更に御感有りて、沙汰を經被るに及不に、父の數度之勳功に募り、彼の兩息之罪名を除か被る。

よしもり　ろうごの びもく 　　　ほどこ　　　たいしゅつ　　　うんぬん
義盛老後之眉目を施し、退出すと云々。

現代語建暦三年(1213)三月大八日己酉。空は晴れました。鎌倉中で合戦が起きると、諸国にデマが飛んだので、遠くからも近くからも御家人達が集まって来て、その数たるや数えきれません。和田左衛門尉義盛は、普段は上総国の伊北庄におりますが、この事件のために駆けつけてきて、今日御所へあがって将軍実朝様とお会いになりました。その場を借りて、一つは昔からの手柄を話し、一つは息子の和田四郎左衛門尉義直や義重などが捕えられていることを嘆きました。それなのでその気力に同情されて今さら検討をするまでもなく、父の数多い手柄にかんがみて、その両名の息子の罪を許しました。和田左衛門尉義盛はメンツが立ったので、引きさがりましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　　よしもり　〔もくらんぢ　　　すいかん　くずばかま　ちゃく 　〕　きょう　また　ごしょ　　まい
建暦三年(1213)三月大九日庚戌。�ﾘ。義盛〔木蘭地�@の水干�A、葛袴�Bを着す。〕今日又御所へ參る。

いちぞくきゅうじうはちにん　いんそつ　　なんてい　れつざ　　　これ　 めしうどたねなが　 こうめんさる　　べ　　　　のよし　　もう　　う　　　　　　　 よつ　　なり
一族九十八人を引率し、南庭に列座す。是、囚人胤長を厚免被る可し之由、申し請くるに依て也。

ひろもとあそん　もうしつぎ　な　　　　しか　　　 か　　 たねながこのたび ちょうほんたり　　こと　　けいりゃく　めぐ　　　　のむね　　き　　　　　め　　　のかん　　ごきょよう　　　あたはず
廣元朝臣申次を爲す。而るに彼の胤長今度の張本爲、殊に計畧を廻らす之旨、聞こし食す之間、御許容に不能。

すなは ゆきちか　 ただいえら の て よ　　　　やましろのほうがんゆきむら　ほう　め　　わたさる　　　　かさ　　　 きんあつ　 くは　　　　べ　　　　のよし　 そうしゅうおんむね　つた　 らる
即ち行親、忠家等之手自り、山城判官行村の方へ召し渡被る。重ねて禁遏を加へる可し之由、相州御旨を傳へ被る。

こ　　　かん　　たねなが　み　　　めんばく　　　いちぞく　 ざ　　 まえ　 わた　　　　ゆきむらこれ　 う　　　と　　　せし　　　よしもりのぎゃくしん もと　　　　て　これ　　よし　　うんぬん
此の間、胤長の身を面縛し、一族の座の前を渡し、行村之を請け取ら令む。義盛之逆心職とし而之の由と云々。

参考�@木蘭地は、梅谷渋(うめやしぶ)に明礬ををまぜて染めた狩衣(かりぎぬ)・直垂(ひたたれ)などの地。その色は赤みのある黄を帯びた茶色。
参考�A水干は、狩衣の変化したもので、水張りにして干した絹の服、下に袴を穿く。
参考�B葛袴は、葛布で作った袴。狩袴をやや裾短に仕立て、括り緒をつけたもの。

現代語建暦三年(1213)三月大九日庚戌。晴れです。和田義盛〔赤黄色の水干。葛布の袴を着ている〕は、今日も御所へ来ました。一族九十八人を引き連れて、南面の庭に並んで座りました。これは囚人となっている和田平太胤長を許して下さるように、お願いするためなのです。大江広元さんが取り次ぎをしました。

しかし、この和田平太胤長は今度の事件の主犯で、特に作戦を立てた人なのだとお聞きになり、許されることはありませんでした。すぐさま、金窪兵衛尉行親と安東次郎忠家などの手から、山城判官二階堂行村へ渡されました。なおも厳しく取り調べるように、相州義時はわざわざ言い伝えました。このあいだ、和田平太胤長を後ろ手に縛りあげ、縄の一方を首にかける罪人縛りで和田一族の前を引きたてました。二階堂行村はこれを受け取っていきました。

和田義盛の反逆の基はこれでしたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　はれ　 いぬのこく　 　こうだいしょうけ　ほけどう　　うしろやま　ひかりものあ
建暦三年(1213)三月大十日辛亥。�ﾘ。戌尅、故右大將家法花堂の後山に光物有り。

なが　いちじょうばか　　　えんきん　て　　　　しばら　き　　　ず　　　うんぬん
長さ一丈許り。遠近を照らし暫く消え不と云々。

現代語建暦三年(1213)三月大十日辛亥。晴れです。戌の刻(午後八時頃)、亡き頼朝様の墓法華堂の後ろの山に光る物が出ました。長さは一丈(3m)ほどで、遠近を照らして消えませんでしたとさ。（ＵＦＯでしょうかね。）

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 はれ　　てんぺん　　こと　　よっ　　　　ごしょ　　をい　　おいのりら　　おこな　らる　　　　ふどうぐ　　りゅうせんほっきょう
建暦三年(1213)三月大十六日丁巳。霽。天變の事に依て、御所に於て御祈等を行は被る。不動供は隆宣法橋。

てんそうちふさい　　　　たいふやすさだなんてい　をい　 これ　 おこな　　　きつざくらんどこれひろおんし　 な　　　　　そ　　ところ　　むか　　　うんぬん
天曹地府祭は、大夫泰貞南庭に於て之を行う。橘三藏人惟廣御使と爲し、其の所へ向うと云々。

現代語建暦三年(1213)三月大十六日丁巳。晴れました。天体の以上によるわざわいを危惧して、御所で祈祷を行いました。不動経は隆宣法橋。天曹地府祭は大夫安陪泰貞さんが南の庭で行いました。橘三蔵人惟広が代参としてその場所へ立ち会いました。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　くもり　わだのへいたたねなが　むつのくに　いわせぐん　　はいる　　　　うんぬん
建暦三年(1213)三月大十七日戊午。陰。和田平太胤長、陸奥國岩瀬郡�@へ配流すと云々。

現代語建暦三年(1213)三月大十七日戊午。曇りです。和田平太胤長が、陸奥国岩瀬郡(福島県須賀川市)に流されましたとさ。

説明�@陸奥國岩瀬郡は、現福島県須賀川市のあたり。直接に繋がる資料証拠はないが、戦国初期に二階堂氏が須賀川に、結城氏は白河に、田村氏は三春にいた。田村氏は二階堂氏や結城氏と何度も争っている。三月九日の記事と会わせて思料すると、二階堂行村の領地が須賀川市（旧岩瀬郡）にあったと推測される。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 そらはれ　　こんや ごしょ　　こうしん　　まも　　　　おんえあ
建暦三年(1213)三月大十九日庚申。天�ﾘ。今夜御所で庚申を守り、御會�@有り。

しか　　　　はんや　　　およ　　　かっちゅう　いんぺいごじうよやから　　わださえもんのじょうよしもり　しゅくかんへんに はいかい
而るに半夜に及び、甲冑の隱兵五十餘輩、和田左衛門尉義盛が宿舘邊于徘徊す。

これ　　よこやまうまのじょうときかね　か　　きんごの　もと　　くる　　よっ　　なり　　ごようじんのあいだ　　かちあい　と　　　られ　　いがのかみともみつ　こと　 これ　 もう　　と　　　　　　　うんぬん
是、横山右馬允時兼�A彼の金吾之許へ來に依て也。御用心之間、勝會を停め被、伊賀守朝光�B殊に之を申し止めると云々。

参考�@庚申の御會は、庚申の晩に口を開いて寝ていると、身体の中に住む三尸虫が抜け出て、天帝に日頃の行状を言いつけ、命が縮むと云われるので、寝ないために皆で講を組み、一晩中仏事をする。後に宴を催し、その費用を積み立てたのが庚申講である。
参考�A横山右馬允時兼は、小野一族で横山党。東京都八王子市。
参考�B伊賀守朝光は、義時室伊賀局の父。

現代語建暦三年(1213)三月大十九日庚申。空は晴れです。今夜御所で庚申のお籠りの会がありました。それなのに、夜中になって甲冑に身を固めた不明の兵隊五十数人が和田左衛門尉義盛の館のあたりをうろうろしました。これは、横山右馬允太郎時兼が、和田義盛のところへ来たからです。（将軍は）物騒だと考えられて、合流を止めるようにと、伊賀守朝光が特にこれを云いに行って止めさせましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　わだのへいたたねなが　 むすめ　 〔あざ　 こうけん　としむっつ〕 ちち　 えんこう　　かなし　のあま
建暦三年(1213)三月大廿一日壬戌。和田平太胤長が女子〔字を荒鵑�@、年六〕父の遠向を悲む之餘り、

こ　　 かんびょうのう　　　すこぶ　そ　　たの　 すくな
此の間病惱し、頗る其の恃み少し。

しか　　　しんひょうえのじょうとももり　そ　　きこ　　　　はなは たねなが　 あいに　　　　よつ　　ちち　　かえ　 きた　　 のよし　 しょう　　　とぶら　いた
而るに新兵衛尉朝盛、其の聞へは甚だ胤長に相似る。仍て父の歸り來る之由と稱し、訪ひ到る。

しょうせいいささ　けいとう　　いっしゅんこれ　み　　　　つい　　め　　 つむ　　　うんぬん　　おな　 よ　かそう
少生聊か擡頭し、一瞬之を見て、遂に眼を閉ると云々。同じ夜火葬す。

はは　すなは　そかい　〔としにじうしち〕　　と　　　　　にしのたに　いずみのあじゃり　かいし　　な　　　　うんぬん
母は則ち素懷〔年廿七〕を遂ぐ�A。西谷�Bの和泉阿闍梨戒師を爲すと云々。

参考�@鵑は、ほととぎす杜鵑。時鳥とも郭公とも不如帰とも書く。杜鵑花はさつき、やまつつじ。
参考�A素懷を遂ぐは、出家する。
参考�B西谷は、飯島の北らしい。

現代語建暦三年(1213)三月大二十一日壬戌。和田平太胤長の娘〔呼び名を荒鵑、年は数えの六つ〕父が遠くへ行ってしまったことを悲しんで病気になってしまい、とても回復はのぞめそうもありません。そこで、和田新兵衛尉三郎朝盛は、世間の噂ではとても和田平太胤長に似ていると評判です。だから父が帰って来たよと云って見舞いました。少女はちょっと頭をもたげて、一瞬これを見ましたが、ついに目を閉じてしまいましたとさ。その夜火葬にしました。お母さん〔年は二十七歳〕はすぐに出家をしてしまいました。西谷の和泉阿闍梨が出家の指導手伝いをしましたとさ。

系図義宗┬義盛─常盛─朝盛
　　　　└義胤─胤長─荒鵑

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　じょうへんそうづ　　じょうれんぼう　らめし　　よっ　 えいちう　 まい
建暦三年(1213)三月大廿三日甲子。淨遍僧都、淨蓮房�@等召に依て營中へ參る。

ごしょ　　　をい　　　　ほっけじょうどりょうしゅう　　ししゅ　　およ　　 ごだんぎ　　うんぬん
御所に於て、法花淨土兩宗の旨趣、及び御談儀と云々。

参考�@淨遍僧都、淨蓮房は、二人とも伊豆山権現の稚児上がり坊主。

現代語建暦三年(1213)三月大二十三日甲子。浄遍僧都と浄蓮坊が、呼ばれて御所へ参りました。御所で、法華宗と浄土宗の宗旨について、説明や雑談がありましたとさ。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　わだのへいたたねなが　　やち　　　　　えがらまえ　　あ　　　　 よつ　　ごしょ　 ひがしどなり　な
建暦三年(1213)三月大廿五日丙寅。和田平太胤長が屋地は、荏柄前に在り。依て御所の東隣を爲す。

じっこんのし　めんめん　しき　　　これ　　のぞ　　もう　　　　しか　　　　きょう　　　さえもんのじょうよしもり　　にょぼうごじょうのつぼね　ぞく　　　うれ　　もう　　　　い
昵近之士面々頻りに之を望み申す。而して今日、左衛門尉義盛、 女房五條局に 属し、愁ひ申して云はく。

こしょうぐん　　おんときよ　　　　　いちぞく　りょうしょ　しゅうこうの とき　　いま　　たにん　　おお　　られ
故將軍の御時自り、一族の領所を収公之時、未だ他人に仰せ被ず�@。

か　　　ち　　たまたま　とのい　　しこうの　びんあ　　　　これ　 はいりょうせし　べ　　　か　　　うんぬん
彼の地、適、宿直の祗候之便有り。之を拝領令む可き歟と云々。

たちま　これ　 たつ　 せし　　　　こと　　きえつのおもい　な　　　　　うんぬん
忽ち之を達さ令む。殊に喜悦之思を成すと云々。

参考�@一族の領所を収公之時、未だ他人に仰せ被ずは、同族還付の原則。

現代語建暦三年(1213)三月大二十五日丙寅。和田平太胤長の屋敷の地は、荏柄天神社の前にありますので、御所の東隣になります。将軍に近く仕えている者たちは皆、盛んにこれを欲しいと云ってます。はたして今日、和田左衛門尉義盛は女官の五条局を通して嘆きを申しあげました。「故頼朝様の時から、一族の領地を召し上げられた時は、未だに他人にくれられてはいません。その土地は、御所の宿直の時に便利なので、私に与えてください。」との事でした。その思いはすぐにかなえられ、大変喜んでいたそうです。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ながさだあそん　えにじっかかん　　〔まきえ　　ひつ　　おさ　　〕　　　　けん
建暦三年(1213)三月大廿八日己巳。長定朝臣繪二十ケ巻〔蒔繪の櫃に納む〕を献ず。

こきん　いげ　さんだいしゅう　うち　　にょぼうさくしゃ　　えら　　　　そ　　　えいか なら　　　　ことがきの　い　　 と　　　これ　 か　　　　 しょうぐんけはなは　ごにゅうきょう　うんぬん
古今以下三代集の中、女房作者を撰び、其の詠歌并びに事書之意を取り之を圖く。將軍家甚だ御入興と云々。

現代語建暦三年(1213)三月大二十八日己巳。藤原長定さんが絵二十巻〔蒔絵の箱に入っている〕を贈ってきました。古今集・後撰集・拾遺集の三代集の中から、女性の作者を選んで、その人の和歌とその趣意の意味を取って、これを絵にしました。将軍実朝様は大変気に入りましたとさ。

参考三代集は、元は万葉集、古今集、後撰集だが、古今以下なので古今集、後撰集、拾遺集。

読下し　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 しょうぐんけ　　じゅふくじ　　まい　　たま　　　　ごほうだんら　　　ごちょうもんあ
建暦三年(1213)三月大卅日辛未。將軍家、壽福寺へ參り御う。御法談等の御聽聞有り。

また　 きょねんともみつすす　　ところ　わがちょう　だいしでん　　え　　　ごずいしん　　あ　　　　　ぎょうゆうりっし　　　みせし　　たま
又、去年朝光進める所の吾朝の大師傳の繪�@、御隨身に有り。行勇律師に覽令め給ふ。

か　　　ぐほう　　　にっそうのしょしょ　　み　　　　　そ　　　みょうじ　　つ　　あやまりらこれ　　なお　　すす　　らる　　　　うんぬん
彼の求法、入宋之處々を觀る。其の銘字に就き誤等之を直し進め被ると云々。

参考�@去年朝光進める絵は、建暦二年十一月八日絵合わせ会があった。

現代語建暦三年(1213)三月大三十日辛未。将軍実朝様は、寿福寺へお参りです。仏教のお話をお聞きになりました。又、去年結城七郎朝光がくれた我が国の四大師の伝説を絵にしたものを持って行って、退耕行勇に見せました。弘法大師の虚空蔵求聞持法は、宋へ行った早々にあちこちで見ました。中の文字の間違いを直して返しましたとさ。

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吾妻鏡入門第廿一巻