吾妻鏡入門第十九巻  

承元二年戊辰(1208) 各頁のを押すとこの頁へ戻ります

承元二年(1208)正月大 実朝、数えで十七歳。三善善信の家火事 書庫が焼けてがっくり 読下し・現代語完了

承元二年(1208)二月小 実朝、疱瘡を患うが、月末までに治る             読下し・現代語完了

承元二年(1208)三月大 政子 新調の法服を八幡宮の坊さんにあげる          読下し・現代語完了

承元二年(1208)四月大 八幡宮境内に神宮寺建立を決定 坊門忠清、熊野詣に馬を要求  読下し・現代語完了

承元二年(1208)閏四月小 小野義成卒 京都で十二町四方焼ける            読下し・現代語完了

承元二年(1208)五月大 兵衛尉C綱、実朝に京都での競馬、流鏑馬の様子を披露する   読下し・現代語完了

承元二年(1208)六月小 実朝、鶴岡の坊主に雨乞いの祈りをさせる 翌日雨ふる     読下し・現代語完了

承元二年(1208)七月大 八幡宮境内に神宮寺棟上 永福寺阿弥陀堂で供養        読下し・現代語完了

承元二年(1208)八月大 鶴岡放生会欠席 翌日の流鏑馬ご覧 里見の相続具申      読下し・現代語完了

承元二年(1208)九月小 熊谷小次郎直家、父熊谷直實の終末予告を受け、立会いに京都へ 読下し・現代語完了

承元二年(1208)十月大 東平太重胤、京都への奉公から帰り熊谷次郎直實最後を語る   読下し・現代語完了

承元二年(1208)十一月小 出雲大社検校に内蔵孝元推薦 柏木家次息子のおかげで免許  読下し・現代語完了

承元二年(1208)十二月小 中原親能卒 実朝正四位下に 政子熊野山から帰る      読下し・現代語完了

承元三年己巳(1209)

承元三年(1209)正月大 実朝、数えの十八歳。神宮寺で初めて修正月会、鬼走りを始める 読下し・現代語完了

承元三年(1209)二月小 鷲宮の神殿が鳴動する                    読下し・現代語完了

承元三年(1209)三月大 高野山大塔が本所をしている備後国大田庄の年貢で相論     読下し・現代語完了

承元三年(1209)四月小 八幡宮神宮寺で夏安居を始める 実朝従三位になる       読下し・現代語完了

承元三年(1209)五月大 和田左衛門尉義盛上総国司職を望む 土屋宗遠梶原家茂を殺害  読下し・現代語完了

承元三年(1209)六月小 土屋三郎宗遠、家茂殺害を申し出る 源近利雅楽師に加わる   読下し・現代語完了

承元三年(1209)七月大 実朝、和歌を住吉社へ奉納、他の和歌を定家に評価を求む    読下し・現代語完了

承元三年(1209)八月大 定家、和歌に合点を加え返し、口伝をよこす          読下し・現代語完了

承元三年(1209)九月小 三井寺明王院の僧正公胤鎌倉へ来る              読下し・現代語完了

承元三年(1209)十月大 僧正公胤、頼朝法華堂で供養の導師をする のち帰洛する    読下し・現代語完了

承元三年(1209)十一月大 実朝諸国守護のあり方の検討提案 和田義盛の上総国司良返事 読下し・現代語完了

承元三年(1209)十二月小 美作朝親、小鹿嶋公業、喧嘩 実朝頼朝時代の補任を聞く   読下し・現代語完了

承元四年庚午(1210)

承元四年(1210)正月大 実朝、数えの十九歳。元日八幡宮詣でを復活する 但し代参   読下し・現代語完了

承元四年(1210)二月小 月初めと月末に火事、阿弖川庄の地頭湯淺宗光安堵状受領    読下し・現代語完了

承元四年(1210)三月小 高陽院殿の馬塲御所燒失 武蔵国の田文を作らせる       読下し・現代語完了

承元四年(1210)四月大 大庭平太景能卒 坊門院崩御                 読下し・現代語完了

承元四年(1210)五月小 畠山重忠後家に喝命所安堵 三浦三崎へ逍遥 後鳥羽上皇熊野詣 読下し・現代語完了

承元四年(1210)六月大 土肥一族と河村一族先祖の武勲で喧嘩 政子日向薬師へ参拝   読下し・現代語完了

承元四年(1210)七月小 公暁の母出家 新任上総守の代官乱暴狼藉をする        読下し・現代語完了

承元四年(1210)八月大 善光寺の地頭を止める 政子実朝流鏑馬を見る         読下し・現代語完了

承元四年(1210)九月大 熊野鳥居禅尼の養子への相続認める 彗星出現         読下し・現代語完了

承元四年(1210)十月小 地震 御牧を盛んにするよう命じる 彗星の変異にお祈り    読下し・現代語完了

承元四年(1210)十一月大 前九年合戦絵巻を京都から取り寄せる 和田合戦の予告    読下し・現代語完了

承元四年(1210)十二月大 後鳥羽上皇の命により土御門天皇が順徳天皇へ譲位      読下し・現代語完了

建暦元年(承元五年)辛未(1211) 三月九日改元

承元五年(1211)正月大 実朝、数えの二十歳。正三位に叙す。美作權守に任。      読下し・現代語完了

承元五年(1211)閏正月大 時房亭火事 永福寺から梅を御所へ移植           読下し・現代語完了

承元五年(1211)二月小 実朝、承元二年の疱瘡以来初めて八幡宮へ参拝         読下し・現代語完了

承元五年(1211)三月小 九日改元 承元五年を建暦元年とする             読下し・現代語完了

建暦元年(1211)四月大 永福寺で不如帰が鳴いたというので出かけるが聞こえず     読下し・現代語完了

建暦元年(1211)五月小 三浦義村の小笠原牧奉行を止め。平泉戦利品の縫ずの帷子を見る 読下し・現代語完了

建暦元年(1211)六月小 実朝御不例 訴訟の雑掌殺される 東海道に新宿設置を命じる  読下し・現代語完了

建暦元年(1211)七月大 地震 貞観政要を讀む 政子と嫁一緒に日向薬師へお参りする  読下し・現代語完了

建暦元年(1211)八月大 放生会欠席、但し舞楽と流鏑馬は見物する           読下し・現代語完了

建暦元年(1211)九月小 頼家の子善哉出家して公暁となり、京都へ仏教修行に行く    読下し・現代語完了

建暦元年(1211)十月大 鴨長明来る法華堂に和歌を書く 朝廷の滝口建物意味も無く倒れる読下し・現代語完了

建暦元年(1211)十一月大 政子金銅藥師三尊を供養する 実朝貞観政要の談義を終える  読下し・現代語完了

建暦元年(1211)十二月大 義盛上総国司希望取下げ 実朝駿河武蔵越後の大田文整理を命ず 読下し・現代語完了

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